兵術要訓抄録 / 上手と達人
上手とは至靜者を云なり、達人とは至達者の事也、術理通達して靜心の塲の術者を上手と云也、過陽者才覺者にも大抵上手はあれども術理聞きが故に上手とは云ひ難し、又術理通達して不動心の術者を達人と云也、名人とは達人の事也、
新字:上手とは至静者を云なり、達人とは至達者の事也、術理通達して静心の塲の術者を上手と云也、過陽者才覚者にも大抵上手はあれども術理聞きが故に上手とは云ひ難し、又術理通達して不動心の術者を達人と云也、名人とは達人の事也、
書き下し
上手とは至靜者を云なり、達人とは至達者の事也、術理通達して靜心の塲の術者を上手と云也、過陽者才覺者にも大抵上手はあれども術理聞きが故に上手とは云ひ難し、又術理通達して不動心の術者を達人と云也、名人とは達人の事也、
現代語訳
上手とは至静者をいいます。達人とは至達者のことです。術と道理に通達して、静心の境地にある術者を上手といいます。過陽者や才覚者にも、おおよそ上手はいますが、術理に暗いために上手とはいいにくいのです。また、術と道理に通達して、不動心の術者を達人といいます。名人とは達人のことです。
解説
上手は静心の境地に至った至静者、達人は不動心の至達者と、呼び名を整理した短い章句です。同じ巧者に見えても、過陽者や才覚者は術理に暗いので上手とは呼べないとし、技の上手さと道理への通達を区別しています。成果を出している人が、必ずしも道理を理解して再現できる人とは限らないという指摘です。現代の組織でも、実績の大きさだけで人を高く評価すると、勢いと運で勝った人を取り違えます。管理職は、なぜ勝てたのかを説明できるかを見る視点が得られます。
この章句が説くこと
上手達人名人至静者至達者術理の通達
関連する章句
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『兵術要訓抄録』・術行から至達へ師傳の術を無益の事のやうに思ふは修行たらざるゆへなり、夫よりして師傳の術をすてゝ才覺者となる人多し、修行さへ至れば師傳の術は遣るゝ也、此術行者は終に上手にも達人にも可成、又敵の透を見て擊事を主とする人を至靜者と云は靜心の塲に至りし術者と云ヿにて、敵の透を見て勝を得るとは上手の塲にて未熟ではならざるなり、術行者功を經て至靜者となるべし、又不動心の妙にて勝人を至達者と云は至極達人と云事也、達人とは不動心の術者を云なり、不動心の妙とは不動心に至らざれば知れがたし、又至靜者功を經て至達者となるべし、過陽者才覺者は、至達の塲に至るヿならざる間、此理を合點して過陽者は過陽の過を改め、才覺者は才覺の術理に至らざる事を合點して改めかえて術行至靜を專一にすれば、終に至道の塲に至るべし、又才覺者の謀擊は、術行至靜を專にして折には謀擊をつかふは不苦、術行至靜調ふ時は謀擊の入らぬと云事合點して頼ともせざるなり、過陽者の過は亡命の端なり、恐れ愼むべし、過陽も內心陰にして謀て過陽なるは格別の事にて、才覺者の上手のする事なり、
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