兵術要訓抄録 / 理外の妙
妙とは達人のうへに有る事にて、理外の事にて筆にも記しがたく言葉にものべがたきものなり、譬ば宮本武藏武者修行の節、尾州へ往き途中にて柳生兵庫にゆきちがひて、武藏とゞまりて見返り、兵庫も又とゞまり互に見合て、武藏が曰、久々にて活た人を見し、定て兵庫にあらずやと云、兵庫が曰、足下は武藏にあらずやと云、夫より兵庫が宅へ同道して久々兵庫が方に滯留せしが、酒を吞碁を打て樂み、終に劔道試るヿなしと聞けり、是等は理外の妙にて以心傳心なり、如何なるヿにて活たる人を見たると武藏に尋るとも、武藏是故にと口には云がたかるべし、如此の類を妙と云なり、又終に劔道試るヿなきは兩人とも達人ゆへ、互に擊べき透なきヿを知るゆへなり、又勝負もせずして夫をしるは身の行ひと物語にてしる事なり、
新字:妙とは達人のうへに有る事にて、理外の事にて筆にも記しがたく言葉にものべがたきものなり、譬ば宮本武蔵武者修行の節、尾州へ往き途中にて柳生兵庫にゆきちがひて、武蔵とゞまりて見返り、兵庫も又とゞまり互に見合て、武蔵が曰、久々にて活た人を見し、定て兵庫にあらずやと云、兵庫が曰、足下は武蔵にあらずやと云、夫より兵庫が宅へ同道して久々兵庫が方に滞留せしが、酒を呑碁を打て楽み、終に剣道試るヿなしと聞けり、是等は理外の妙にて以心伝心なり、如何なるヿにて活たる人を見たると武蔵に尋るとも、武蔵是故にと口には云がたかるべし、如此の類を妙と云なり、又終に剣道試るヿなきは両人とも達人ゆへ、互に撃べき透なきヿを知るゆへなり、又勝負もせずして夫をしるは身の行ひと物語にてしる事なり、
書き下し
妙とは達人のうへに有る事にて、理外の事にて筆にも記しがたく言葉にものべがたきものなり、譬ば宮本武藏武者修行の節、尾州へ往き途中にて柳生兵庫にゆきちがひて、武藏とゞまりて見返り、兵庫も又とゞまり互に見合て、武藏が曰、久々にて活た人を見し、定て兵庫にあらずやと云、兵庫が曰、足下は武藏にあらずやと云、夫より兵庫が宅へ同道して久々兵庫が方に滯留せしが、酒を吞碁を打て樂み、終に劔道試るヿなしと聞けり、是等は理外の妙にて以心傳心なり、如何なるヿにて活たる人を見たると武藏に尋るとも、武藏是故にと口には云がたかるべし、如此の類を妙と云なり、又終に劔道試るヿなきは兩人とも達人ゆへ、互に擊べき透なきヿを知るゆへなり、又勝負もせずして夫をしるは身の行ひと物語にてしる事なり、
現代語訳
妙とは、達人の上にあることで、理の外のことで、筆にも記しにくく、言葉にも述べにくいものです。たとえば宮本武蔵が武者修行の折、尾張へ行く途中で柳生兵庫とすれちがい、武蔵は立ち止まって見返り、兵庫もまた立ち止まって、互いに見合いました。武蔵が、久しぶりに生きた人を見た、きっと兵庫ではないか、と言うと、兵庫が、あなたは武蔵ではないか、と言いました。それから兵庫の家へ同道して、長く兵庫のところに滞在し、酒を飲み碁を打って楽しみ、ついに剣の勝負は試みなかったと聞いています。これらは理の外の妙で、以心伝心です。どうして生きた人を見たのかと武蔵に尋ねても、武蔵はこうだからとは口に出して言いにくいでしょう。このようなことを妙といいます。また、ついに剣の勝負を試みなかったのは、二人とも達人なので、互いに撃つべき隙がないことを知っていたからです。また、勝負もせずにそれを知るのは、身の行いと物語によって知ることです。
解説
この章句が説くこと
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『兵術要訓抄録』・追いつめられた妙實に追つめられしなり、下郎の刄するどくして、計らず跡へよりし也と答、弟子又問、聲を發して切り玉ふは、透ありてきり玉ふか、師の曰、聊も透なし、然りといへども切る所は妙也、と答へられしよし、此妙といふは我心より出るものにあらず不動心の妙なり、如此天下の達人さへ無手の下郎にあぐみしなり、又無手なればとて命を捨るときは如此、兎角武士は勇なくてはならざるものなり、是をよく考へ剛敵にあふとも恐るゝ事なく、猛火といへども飛越すの塲を決心の初として修行すべし、然るときは自然と誠の決心の塲調ふべし、併し是は過陽になれと云にはあらず臆を去て勇を固るヿなり、又勇なくして決心をしらざれば勝負にのぞむとき、敵に恐れ擊とも突とも定りなく正氣を失ひ、譬へば山中にて方角を失ひ、路に迷ひし人の如く心散亂するゆへ、百度戰ふとも勝利を得るヿならざる也、又猛火四方に滿、其中に居るときは迯ものがるべき道なし、
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『兵術要訓抄録』・術行から至達へ師傳の術を無益の事のやうに思ふは修行たらざるゆへなり、夫よりして師傳の術をすてゝ才覺者となる人多し、修行さへ至れば師傳の術は遣るゝ也、此術行者は終に上手にも達人にも可成、又敵の透を見て擊事を主とする人を至靜者と云は靜心の塲に至りし術者と云ヿにて、敵の透を見て勝を得るとは上手の塲にて未熟ではならざるなり、術行者功を經て至靜者となるべし、又不動心の妙にて勝人を至達者と云は至極達人と云事也、達人とは不動心の術者を云なり、不動心の妙とは不動心に至らざれば知れがたし、又至靜者功を經て至達者となるべし、過陽者才覺者は、至達の塲に至るヿならざる間、此理を合點して過陽者は過陽の過を改め、才覺者は才覺の術理に至らざる事を合點して改めかえて術行至靜を專一にすれば、終に至道の塲に至るべし、又才覺者の謀擊は、術行至靜を專にして折には謀擊をつかふは不苦、術行至靜調ふ時は謀擊の入らぬと云事合點して頼ともせざるなり、過陽者の過は亡命の端なり、恐れ愼むべし、過陽も內心陰にして謀て過陽なるは格別の事にて、才覺者の上手のする事なり、
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『兵術要訓抄録』・上手と達人上手とは至靜者を云なり、達人とは至達者の事也、術理通達して靜心の塲の術者を上手と云也、過陽者才覺者にも大抵上手はあれども術理聞きが故に上手とは云ひ難し、又術理通達して不動心の術者を達人と云也、名人とは達人の事也、
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『兵術要訓抄録』・肉心と本心兵術者に肉心本心あり、肉心とは、勝の理を知り術を知りて其術出來ざるを云也、本心とは、勝の術理を通達して其術心の如く出來るを云なり、肉心のしる術ならざるは心動くがゆへなり、本心のしる術なるは心動かざるゆへなり、又心動くを肉心と云は、心底に落しつけるときは動くヿなし、心浮んで治らざるが故に動安し、心皮と肉との間に有りと云ヿにて肉心と云なり、又心不動を本心と云は、心皮肉よと內腹中の臍の下へ落しつけて不動、是を則本心といふなり、譬ば本心は美食を喰ひ其味を噛わけて腹中へ入たるが如し、肉心も喰ふと云とも、未口中に有りて腹中へ入らざるが如し、心皮肉の間に留りて治るヿならざるゆへ、變にあふて散亂するなり、本心は、理も術も我ものとなし、一心決定して至臍の眼をひらくゆへ、變にあふても亂るゝ事なし、
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『兵法家伝書』活人劔「神妙二字の釋」一 神妙二字之釋 神在內而妙顯於外名爲神妙、神妙の二字の心を述べたり、神內に有て妙外に顯る、是を神妙と名付る也、たとへば一本の木に內に木の神ある故に、花さき匂ひみどり立、枝葉しげるなり、是を妙と云、木の神は木をくだきても、是ぞ神とて目に見へねども、神なくは花綠も外にあらはるまじき也、人の神も身をさきても是ぞ神とて目には見へねども、內に神あるによりて樣々のわざをなす也、神妙劔の座に神をすゆる故に樣々の妙が手足にあらはれて、軍に花をさかする也、心の爲には主人也、神が內にありて心を外へ遣ふ也、此心又氣を召つかふ也、氣をめしつかひ、神の爲に外にかける此心が一所に逗留すれば、用がかくる也、しかるによりて、心を一所に留めぬ様にするが簡要の事也、たとへば、人の主人內に居て下人を餘所へ使にやるに、行さきにとゞまりてかへらねば、用がかくるがごとく也、心が物にとゞまりて、本の位にかへらねば、兵法の手前がぬくる也、此故に心を一所にとめぬ事兵法のみにあらず、万事に涉る事也
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『武人訓抄録』・虚心に義理を察する一武學致精の要は、唯心を虛にし氣を平かにして徐に義理の所在を察するにあり、若夫可取ものは、樵夫漁者の言といへども、所不廢あり、若夫可疑ものは、賢君良將の言といへども、亦さらに審繹を加へ、骨髓の美談と毛髮の小說と、其さかひをよく〱躰認し、事々物々本源を糺し、名聞遊戲の私意を離れて、取舍自然の公理にしたがはむとのみ、日新に工夫し平生に思慮すべし、

人生を、一行の式にしてみた。
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