兵術要訓抄録 / 表の勇と内の勇
勇に表勇あり內勇あり、表勇とは勇を面にあらはし勝負に臨時は鐵石も碎くいきをひをあらはし、其外平生げんきにして强きヿを好み人を人とも思はず、猛獸といえども手にて引さく心の有る人にて、常人の目にも勇者と見ゆる是表勇也、內勇とは表へあらはさずして內心に治めたる勇なり、是は表勇と違ひ面に嚴氣もあらはさず、强き事を好むにもあらず、言にもあらず、面柔にして根のつよき勇を云なり、表勇は過陽者の如し、內勇は至靜者至達者の如し、尤も至達の塲に至ると表勇も內勇となる也、表勇の强きは火の如し、內勇の强きは水の如し、火は强くして脆者也、水は柔かにして强事敵する者なし、表勇者は火に似て脆き所あり、內勇者は水に似て至て强し、又匹夫の勇血氣の勇と云は表勇者を云なり、內勇は大勇に近し、仁義の勇とは君子の勇にして道によつてあらはるゝ勇也、又勇者必有危とは表勇者の事にして、表勇者は禍あり禁愼べし、然れども勇有て仁義を知らずんば惡逆にして人を害し己をそこのふ也、孔子曰、君子有勇而無義爲亂、小人有勇而無義爲盜とあれば、仁義を本として勇をたもちたきものなり、必勇者に仁義ある人すくなき者也、又曰、仁者必有勇、勇者必不有仁とあれば、勇者に仁有はすくなき者と見へたり、
新字:勇に表勇あり内勇あり、表勇とは勇を面にあらはし勝負に臨時は鉄石も砕くいきをひをあらはし、其外平生げんきにして強きヿを好み人を人とも思はず、猛獣といえども手にて引さく心の有る人にて、常人の目にも勇者と見ゆる是表勇也、内勇とは表へあらはさずして内心に治めたる勇なり、是は表勇と違ひ面に厳気もあらはさず、強き事を好むにもあらず、言にもあらず、面柔にして根のつよき勇を云なり、表勇は過陽者の如し、内勇は至静者至達者の如し、尤も至達の塲に至ると表勇も内勇となる也、表勇の強きは火の如し、内勇の強きは水の如し、火は強くして脆者也、水は柔かにして強事敵する者なし、表勇者は火に似て脆き所あり、内勇者は水に似て至て強し、又匹夫の勇血気の勇と云は表勇者を云なり、内勇は大勇に近し、仁義の勇とは君子の勇にして道によつてあらはるゝ勇也、又勇者必有危とは表勇者の事にして、表勇者は禍あり禁慎べし、然れども勇有て仁義を知らずんば悪逆にして人を害し己をそこのふ也、孔子曰、君子有勇而無義為乱、小人有勇而無義為盗とあれば、仁義を本として勇をたもちたきものなり、必勇者に仁義ある人すくなき者也、又曰、仁者必有勇、勇者必不有仁とあれば、勇者に仁有はすくなき者と見へたり、
書き下し
勇に表勇あり內勇あり、表勇とは勇を面にあらはし勝負に臨時は鐵石も碎くいきをひをあらはし、其外平生げんきにして强きヿを好み人を人とも思はず、猛獸といえども手にて引さく心の有る人にて、常人の目にも勇者と見ゆる是表勇也、內勇とは表へあらはさずして內心に治めたる勇なり、是は表勇と違ひ面に嚴氣もあらはさず、强き事を好むにもあらず、言にもあらず、面柔にして根のつよき勇を云なり、表勇は過陽者の如し、內勇は至靜者至達者の如し、尤も至達の塲に至ると表勇も內勇となる也、表勇の强きは火の如し、內勇の强きは水の如し、火は强くして脆者也、水は柔かにして强事敵する者なし、表勇者は火に似て脆き所あり、內勇者は水に似て至て强し、又匹夫の勇血氣の勇と云は表勇者を云なり、內勇は大勇に近し、仁義の勇とは君子の勇にして道によつてあらはるゝ勇也、又勇者必有危とは表勇者の事にして、表勇者は禍あり禁愼べし、然れども勇有て仁義を知らずんば惡逆にして人を害し己をそこのふ也、孔子曰、君子有勇而無義爲亂、小人有勇而無義爲盜とあれば、仁義を本として勇をたもちたきものなり、必勇者に仁義ある人すくなき者也、又曰、仁者必有勇、勇者必不有仁とあれば、勇者に仁有はすくなき者と見へたり、
現代語訳
勇には表勇と内勇があります。表勇とは、勇を表に表し、勝負に臨むときは鉄や石も砕く勢いを表し、そのほか普段から元気で強いことを好み、人を人とも思わず、猛獣でも手で引き裂く心のある人で、普通の人の目にも勇者と見えるのが表勇です。内勇とは、表に表さず、内心に収めた勇です。これは表勇と違って、顔に厳しい気を表さず、強いことを好むのでもなく、言葉にも出さず、顔は柔らかで、根の強い勇をいいます。表勇は過陽者のようなものです。内勇は至静者や至達者のようなものです。もっとも、至達の境地に至ると、表勇も内勇となります。表勇の強さは火のようで、内勇の強さは水のようです。火は強くてももろいものです。水は柔らかで、その強さに敵するものはありません。表勇の者は火に似てもろいところがあり、内勇の者は水に似て非常に強いのです。また、匹夫の勇や血気の勇というのは表勇の者をいいます。内勇は大勇に近いものです。仁義の勇とは君子の勇で、道によって表れる勇です。また、勇者には必ず危うきありというのは表勇者のことで、表勇者には禍があるので、慎むべきです。しかし、勇があっても仁義を知らなければ、悪逆となって人を害し、自分を損ないます。孔子は、君子は勇があって義がなければ乱を起こし、小人は勇があって義がなければ盗みをする、と言われたのですから、仁義を本として勇を保ちたいものです。必ず勇者に仁義のある人は少ないものです。また、仁者には必ず勇があるが、勇者に必ずしも仁があるとは限らない、とも言われているので、勇者に仁のある人は少ないと見えます。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『武人訓抄録』・勇を養うは仁義に配す一勇は疑憚を決する所以なり、蓋し血戰勇鬪の士は、唯藝に熟し術に長じ、甲堅く兵利におゐては、其餘闕事多しといへども、既に足れるがごとし、然れども一勇不具ものは、危難に至りて不變事かたく、利誘に及びて不陷事まれなり、勇は戰士の根本たり、其是を養ふの術、よく〱仁義に配して其中正を得べし、徒に助長する時は變じて麁暴となる、麁暴なる時は、尤事を害する事あり、人よく此勇を養ひ成ときは、未應戰といへども、其心勇決して懼憚ところなし、誠に勇を養ふは戰士の急務たり、學者よろしく察せらるべし、
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『五常訓』巻之二・仁之上顔色言語は、見事に聞事なれど、かざりて外をつとめ、内に実なければ、仁にあらず。此二章を以て、仁の理を知るべし。又曰く、仁者は必ず勇有りとは、仁者は心私にわづらはざる故、義を見ては必行ふ。内にかへりみるに疚しからず。故に事にのぞみて、うれへずおそれず、節義をかたく守りて、身に私せず。此故に、仁者は必勇あり。血気の勇者は、けなげにて身をすつれども、仁義なければ道理に当らず、捨てかひなし。勢により、節にのぞみては、身に私して、道理にそむき、節義をうしなふ。故に必仁あらず、其勇もたのみなし。子曰く、志士仁人は、生を求めて以て仁を害すること無く、身を殺して以て仁を成すこと有り。仁に志ある人、仁ある人は、義の死すべき時節に、わが身に私せず、命生きん事をもとめて、わが心の道理を害せず。
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『文武訓』武訓上一生れつきに勇怯あり。勇に血気の勇あり、義理の勇あり。血気の勇は、つよきをやぶりかたきをくだく事すぐれたり。されど気つよきのみにて義なければ、節を守らずたのもしげなし。義理の勇は、節義を守りて、大節にのぞみて義を変ぜず、たのもし。たとへば、犬にも勇犬あり義犬あり。勇犬はむかふ所はたらきつよし。されどもあら野猪出でいかれば、身を引きてのがる。義犬は、つねの時は悪性ならず、盗みせず、人をおそる。けものにむかひてはたらき勇大に及ばざれど、たけくいかれる猪にあひても逃げず。人の主君のために、節を守るが如し。
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『翁問答』下卷之本論語に曰、仁者は必ず勇有り、勇者は必ずしも仁有らずと、この聖謨の心は、仁道をよくまなびて仁者の位にいたりぬれば、人欲きよくつきて天理流行し、なにほどすさまじき妖魔或は虎狼などにあひても、常の人の狗猫などに逢たるごとくに、心におどろきおそるゝ事すこしもなし、もとより百万人の敵にあひ剣の中或は猛火のうちへ飛び入とても、平生の心もちにてすこしも違ふことなく、毛頭おどろきおそるゝ心なく、必ず十分無類のけなげあり、明徳あきらかになけれども、生れつきて勇なるを勇者と云、この勇者ももとより死をおそれず、物におびへおどろかざることは仁者の勇に似たれども、人欲のまよひ深き故に、明徳の良知くらければ、不義無道のはたらき畜生にひとしく、天徳の仁を失ふものなり
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『翁問答』上卷之末体充問曰、勇に仁義の勇、血気の勇とて二つありと承り候、いかやうなる差別にておはしまし候や。師の曰、明徳の明なる君子は、義理を守り道を行ふ外には毛頭ねがふことなく、欲心の迷ひ少しもなき故に、義理をたて道を行ひ、主親の為に命をおしまざること、破れたる履を捨つるが如くなれば、毛頭死をおそれ生をむさぼる心なし、しかる故に天地の間に何にても恐るべきものなし、千万人の敵にあひても虎狼の狐狸に向へる如く、すこしも恐るゝ心なし、おそるゝことなきがけなげの至極にて候、明徳の仁義明なればこの勇仁義のうちに自ら備はりて、あるものなるに由て仁義の勇といふ也、此の如く天下に敵なき至大なる勇なれば、また大勇とも名けたり、前に論ずる真実の武が即ち此大勇なり、
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『武訓』上・第9段生れつきに、勇怯あり。勇に、血氣の勇あり、義理の勇あり。血氣の勇は、つよきをやぶり、かたきをくだくとすぐれたり。されど、氣つよきのみにて、義なければ、節を守らず、たのもしげなし。義理の勇は、節義を守りて、大節にのぞみて、義を變ぜず、たのもし。たとへば、犬にも、勇犬あり、義犬あり。勇犬は、むかふ所、はたらきつよし。されども、あら野猪出でいかれば、身を引きてのがる。義犬は、つねの時は、惡性ならず、ぬすみせず、人をおそる。けものにむかひて、はたらき、勇犬に及ばざれど、たけくいかれるしゝにあひてもにげず。人の主君のために、節を守るが如し。

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