兵法家伝書 / 無刀之卷無刀とは
無刀之卷 無刀とて、必しも人の刀をとらずしてかなはぬと云ふ儀にあらず、又刀取て見せて是を名譽にせんにてもなし、我が刀なき時、人にきられじとの無刀也、いで取て見せふなどゝ云事を、本意とするにあらず
新字:無刀之巻 無刀とて、必しも人の刀をとらずしてかなはぬと云ふ儀にあらず、又刀取て見せて是を名誉にせんにてもなし、我が刀なき時、人にきられじとの無刀也、いで取て見せふなどゝ云事を、本意とするにあらず
書き下し
無刀之卷 無刀とて、必しも人の刀をとらずしてかなはぬと云ふ儀にあらず、又刀取て見せて是を名譽にせんにてもなし、我が刀なき時、人にきられじとの無刀也、いで取て見せふなどゝ云事を、本意とするにあらず
現代語訳
無刀の巻。無刀というのは、必ずしも人の刀を取らなければならないという意味ではない。また、刀を取って見せてそれを名誉にしようというのでもない。自分に刀がないとき、人に斬られまいとするのが無刀である。さあ取って見せよう、などということを本意とするのではない。
解説
巻頭で宗矩は、無刀を相手の刀を奪う曲芸と受け取る誤解をまず退けます。無刀とは自分に刀がないときに斬られないための心得であり、奪って見せることは目的でも名誉でもないという立場です。冒頭に否定を重ねるのは、技の見栄えに目を奪われやすい弟子への牽制とも読めます。この巻は、技法を超えて心の働きを論じる入口になっています。現代の仕事に置き換えれば、危機対応の訓練を成果の披露と取り違えない、ということになります。備えの目的は誇示ではなく、いざというとき無事でいることにあります。
この章句が説くこと
無刀本意名誉備え斬られぬ兵法家伝書
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