兵法家伝書 / 活人劔妄心は邪、本心に叶えば名人
妄心は何事をなせども邪也、此邪の心が出たらば、兵法も負べし、弓もあたるべからず、鐵炮もはづるべし、馬ものらるまじ、能も見ぐるしかるべし、舞もきゝぐるしかるべし、云事もあやまりあらはるべし、一切皆たがふべし、本心に叶ば、何事も皆よろしかるべし、僞をかまへて、僞りなきと云、其言葉妄心なる故に、早く其僞りあらはるゝ也、心まことなれば、ことわりに不及して聞く人やがて知る、本心にことわり不入物也、妄心は心の病なり、此妄をさるを、病氣を去ルと云也、此病氣をされば、無病の心也、卽此無病の心を、本心と云、本心にかなはゞ、兵法は名人なるべし、ありとあらゆる程の事一も此道理にはづるべからず
新字:妄心は何事をなせども邪也、此邪の心が出たらば、兵法も負べし、弓もあたるべからず、鉄炮もはづるべし、馬ものらるまじ、能も見ぐるしかるべし、舞もきゝぐるしかるべし、云事もあやまりあらはるべし、一切皆たがふべし、本心に叶ば、何事も皆よろしかるべし、偽をかまへて、偽りなきと云、其言葉妄心なる故に、早く其偽りあらはるゝ也、心まことなれば、ことわりに不及して聞く人やがて知る、本心にことわり不入物也、妄心は心の病なり、此妄をさるを、病気を去ルと云也、此病気をされば、無病の心也、即此無病の心を、本心と云、本心にかなはゞ、兵法は名人なるべし、ありとあらゆる程の事一も此道理にはづるべからず
書き下し
妄心は何事をなせども邪也、此邪の心が出たらば、兵法も負べし、弓もあたるべからず、鐵炮もはづるべし、馬ものらるまじ、能も見ぐるしかるべし、舞もきゝぐるしかるべし、云事もあやまりあらはるべし、一切皆たがふべし、本心に叶ば、何事も皆よろしかるべし、僞をかまへて、僞りなきと云、其言葉妄心なる故に、早く其僞りあらはるゝ也、心まことなれば、ことわりに不及して聞く人やがて知る、本心にことわり不入物也、妄心は心の病なり、此妄をさるを、病氣を去ルと云也、此病氣をされば、無病の心也、卽此無病の心を、本心と云、本心にかなはゞ、兵法は名人なるべし、ありとあらゆる程の事一も此道理にはづるべからず
現代語訳
妄心は何事をなしても邪である。この邪の心が出たなら、兵法も負けるだろう。弓も当たらず、鉄砲も外れ、馬にも乗れず、能も見苦しく、舞も聞き苦しく、言うことも誤りが現れるだろう。一切みな違うだろう。本心にかなえば、何事もみなよろしいだろう。偽りを構えて偽りなしと言っても、その言葉は妄心であるから、早くその偽りが現れる。心がまことであれば、理屈に及ばずして、聞く人がやがて知る。本心には理屈は要らないものである。妄心は心の病である。この妄を去ることを、病気を去るという。この病気を去れば、無病の心である。すなわちこの無病の心を本心という。本心にかなえば、兵法は名人であろう。ありとあらゆる程のことは、一つもこの道理にはずれることはない。
解説
この章句が説くこと
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