兵法家伝書 / 殺人刀着をはなれる平等心是道
右の話諸道に通じたる道理也、道とは何たる事を云ぞととへば、常の心を道と云也と答へられたり、實に至極の事也、心の病皆去て常の心に成て、病と交りて、病なき位なり、
新字:右の話諸道に通じたる道理也、道とは何たる事を云ぞととへば、常の心を道と云也と答へられたり、実に至極の事也、心の病皆去て常の心に成て、病と交りて、病なき位なり、
書き下し
右の話諸道に通じたる道理也、道とは何たる事を云ぞととへば、常の心を道と云也と答へられたり、實に至極の事也、心の病皆去て常の心に成て、病と交りて、病なき位なり、
現代語訳
右の話は、諸道に通じる道理です。道とは何のことを言うのかと問えば、常の心を道と言う、と答えられました。まことに至極のことです。心の病がみな去って常の心になり、病と交わっても、病のない境地です。
解説
前段の問答を受けた結びの短い段で、これが兵法に限らず諸道に通じる道理だと述べます。道とは何かと問えば、常の心を道と言うと答えられたとし、これを至極のことと受け止めます。常の心とは、病がすべて去り、病と交わりつつも病のない状態だとされます。ここでの常の心は、特別な境地ではなく普段の心という意味で、前段の平等心是道を言い直したものとみられます。宗矩の論は、構えや目付の技術から出発し、最後に日常の平らな心へ収まっています。現代の組織でも、非常時に落ち着いて動ける人は、特別な訓練より平素の安定した心の持ち方に支えられているものです。派手な技よりも平常心を磨くことが、長く効く力になります。
この章句が説くこと
常の心道平常心平等心諸道兵法家伝書
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『童子問』卷上問ふ、易知易行・万世不易の理の、実に至極為ることは、既に命を聞くことを得たり。然れども心中猶ほ未だ釈然たること能はず。願はくは易く暁りやすきの語を以て、申ねて諭を垂れよと。曰く、人の外に道無く、道の外に人無し。人を以て人の道を行ふ、何の難知難行か之れ有らん。夫れ人の霊を以てすと雖も、然れども羽ある者の翔り、鱗ある者の潜るが若くなること能はざる者は、其の性異なればなり。堯の服を服し、堯の行ひを行ひ、堯の言を誦するに於ては、則ち復た甚だ難き者無し。其の道同じければなり。故に孟子曰く、夫れ道は一のみと。若し夫れ人倫を外にして道を求むる者は、猶ほ風を捕へ影を捉ふるがごとく、必ず得べからざるなり。故に道を知る者は、必ず之を邇きに求む。其の道を以て高しと為し、遠しと為し、企て及ぶべからずと為す者は、皆道の本然に非ず、自ら惑ふの致す所なり。
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『弁名』理氣人欲包犠氏網罟を為る、蓋し諸を離に取る、神農氏耒耜を為る、蓋し諸を益に取るが如し。易は本と象を取りて器を作るの義有り。故に爾か云ふ。形而上は、器未だ形を成さざる以前、唯だ易の道有るのみを謂ふ。其の形を成すの後に至りて、始めて其の器有り。皆器を制するを主として之を言ふ。下文遂に曰く、「化して之を裁する、之を変と謂ふ。推して之を行ふ、之を通と謂ふ。挙げて之を天下の民に措く、之を事業と謂ふ」と。是れ皆易を賛するの言なり。道器変通事業は、皆易を以て之を言ふのみ。上章に「戸を闔づる之を坤と謂ひ、戸を闢く之を乾と謂ふ。一たび闔ぢ一たび闢く之を変と謂ひ、往来窮まらざる之を通と謂ふ。見はるる乃ち之を象と謂ひ、形はるる乃ち之を器と謂ふ。制して之を用ふる之を法と謂ひ、利用出入して民咸之を用ふる之を神と謂ふ」と曰ふが如きも、是れ又た道器を以て対言せず。其の義以て見るべきのみ。豈に大謬に非ずや。
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