兵法家伝書 / 殺人刀章哥の心付
一 章哥の心付之事 まひもうたひも、しやうがしらずしては、はやされまい事也、兵法にも章哥の心持あるべき也、敵の太刀のうごき如何様にあるぞ、何としたるさばきぞと、とくと見すへて、そこをしるが、舞うたひの章哥よく覺えたる心なるべし、敵のはたらき、振舞よくしりたらば、こちの仕かけ自由なるべし
新字:一 章歌の心付之事 まひもうたひも、しやうがしらずしては、はやされまい事也、兵法にも章歌の心持あるべき也、敵の太刀のうごき如何様にあるぞ、何としたるさばきぞと、とくと見すへて、そこをしるが、舞うたひの章歌よく覚えたる心なるべし、敵のはたらき、振舞よくしりたらば、こちの仕かけ自由なるべし
書き下し
一 章哥の心付之事 まひもうたひも、しやうがしらずしては、はやされまい事也、兵法にも章哥の心持あるべき也、敵の太刀のうごき如何様にあるぞ、何としたるさばきぞと、とくと見すへて、そこをしるが、舞うたひの章哥よく覺えたる心なるべし、敵のはたらき、振舞よくしりたらば、こちの仕かけ自由なるべし
現代語訳
章歌の心付のこと。舞も謡も、章歌を知らなければ囃されないことです。兵法にも章歌の心持ちがあるべきです。敵の太刀の動きはどのようか、どのような捌きかと、じっくり見据えて、そこを知ることが、舞や謡の章歌をよく覚えた心に当たるでしょう。敵の働きや振る舞いをよく知れば、こちらの仕掛けは自由になります。
解説
舞や謡で章歌、つまり曲の決まった運びを知らなければ囃せないという比喩から、兵法でも敵の運びを知ることが先だと述べる段です。敵の太刀の動き、捌き方をじっくり見据えて知ることが、章歌を覚えた心に当たるとされます。そこが分かれば、こちらの仕掛けは自由になるという結論です。章歌という語は能楽の語とみられますが、原文は語の説明をしていません。前二段の拍子の議論と、同じ芸能の例えでつながっています。現代の仕事では、相手の仕事の進め方や意思決定の型を先に理解しておけば、提案も段取りも合わせやすくなるということに当たります。相手を知らないまま自分の型を押し通すのは、曲を知らずに囃すのと似ています。
この章句が説くこと
章歌観察運び能仕掛けの自由兵法家伝書
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