兵法家伝書 / 殺人刀二目遣
一 二目遣の事 待なる敵に様々表裏をしかけて、敵の働きを見るに、見る様にして見ず、見ぬ様にして、見て間々に油斷なく一所に目をおかず、目をうつして、ちやく〱と見る也、或詩にいはく、偸眼蜻蜓避伯勞と云句あり、偸眼とは、ぬすみ見に見る事也、蜻蜓が伯勞にとられじとて伯勞の方をぬすみ見に見て飛はたらく也、伯勞とは鵙の事也、敵のはたらきを、ちやく〱とぬすみ見に見て無油斷働べきなり、猿樂の能に二目遣ひと云事あり、見てやがて目をわきへうつす也、見とめぬ也
新字:一 二目遣の事 待なる敵に様々表裏をしかけて、敵の働きを見るに、見る様にして見ず、見ぬ様にして、見て間々に油断なく一所に目をおかず、目をうつして、ちやく〱と見る也、或詩にいはく、偸眼蜻蜓避伯労と云句あり、偸眼とは、ぬすみ見に見る事也、蜻蜓が伯労にとられじとて伯労の方をぬすみ見に見て飛はたらく也、伯労とは鵙の事也、敵のはたらきを、ちやく〱とぬすみ見に見て無油断働べきなり、猿楽の能に二目遣ひと云事あり、見てやがて目をわきへうつす也、見とめぬ也
書き下し
一 二目遣の事 待なる敵に様々表裏をしかけて、敵の働きを見るに、見る様にして見ず、見ぬ様にして、見て間々に油斷なく一所に目をおかず、目をうつして、ちやく〱と見る也、或詩にいはく、偸眼蜻蜓避伯勞と云句あり、偸眼とは、ぬすみ見に見る事也、蜻蜓が伯勞にとられじとて伯勞の方をぬすみ見に見て飛はたらく也、伯勞とは鵙の事也、敵のはたらきを、ちやく〱とぬすみ見に見て無油斷働べきなり、猿樂の能に二目遣ひと云事あり、見てやがて目をわきへうつす也、見とめぬ也
現代語訳
二目遣のこと。待の敵にさまざまな表裏を仕掛けて敵の働きを見るとき、見るようにして見ず、見ないようにして見て、合間合間に油断なく、一箇所に目を置かず、目を移して、ちゃくちゃくと見るのです。ある詩に「偸眼蜻蜓避伯労」という句があります。偸眼とは、盗み見に見ることです。蜻蜓が百舌にとられまいとして、百舌の方を盗み見に見ながら飛び働くのです。伯労とは鵙のことです。敵の働きをちゃくちゃくと盗み見るように見て、油断なく働くべきです。猿楽の能に二目遣いということがあります。見て、すぐに目を脇へ移すのです。見とめないのです。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『兵法家伝書』新陰流外物(進履橋)「夜討の二の目」夜討二之目置樣之事 一 夜討にも二ノ目を專にす。武功有る者其外宗徒の勇士をすぐつて二之目を少引さがつて或は一丁二丁三丁に二ノ目を立て先陣縣て思程利を得候はゞ猶の事、若討損じ先手敗軍に及候時味方をすゝめ、軍には勝たるぞ無二無三にかゝつて討破べしと諸卒に下智、二陣の將自ら鑓を取り先に進み、急にもどりかへし勝負を決すべき也。始終は不知先陣を追崩し、備を亂し追かゝらば十に九つ二之目にて勝もの也。敵の將も武功の者ならば長追を制し、二の目を思ひ早く軍を揚べし。然る時は味方の二の目の堅陣必すゝむべからず。軍を心に持て備を亂さず。敵の模樣を見合靜に人數を引揚ぐべき也。若其內敵の變あらば急に可討。是も遠く追べからず。され共其地の形勢急に追て利有所、或岩石に敵の行かゝり或細道或沼等あらば、急に難所に可追縣也。併敵のふし有事を考べし。敵のふしに不入樣によく〱思慮をめぐらし油斷すべからざるなり。
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『兵法家伝書』殺人刀「敵待の時の立相(目付三ヶ条)」一 敵待之時立逢習ひの事 一 二星 一 嶺谷 一 遠山 右三ヶ條は待にとりしめたる敵には、此三ヶ條の目付をはづすべからず、但シ此目付は縣待ともに用る也、此目付簡要也、打こむ時は嶺の目付、切合せ組物との時は、遠山の目付を心によくかくべし、二星は不斷はなれざる目付也
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『兵法家伝書』殺人刀「章哥の心付」一 章哥の心付之事 まひもうたひも、しやうがしらずしては、はやされまい事也、兵法にも章哥の心持あるべき也、敵の太刀のうごき如何様にあるぞ、何としたるさばきぞと、とくと見すへて、そこをしるが、舞うたひの章哥よく覺えたる心なるべし、敵のはたらき、振舞よくしりたらば、こちの仕かけ自由なるべし
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五輪書・水の巻目の付様は、大きに広く付くる目なり。観・見二ツの事、観の目つよく、見の目よわく、遠き所を近く見、近き所を遠く見る事、兵法の専なり。敵の太刀を知り、聊(いささ)かも敵の太刀を見ずと云ふ事、兵法の大事なり。工夫有るべし。此の目付、ちひさき兵法にも、大きなる兵法にも同じ事なり。目の玉動かずして、両脇を見る事肝要なり。箇様(かやう)の事、いそがしき時、俄(にはか)には弁へがたし。此の書付を覚え、常住此の目付になりて、何事にも目付の替らざる所、能々(よくよく)吟味有るべきものなり。
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五輪書・風の巻目付(めつけ)と云ひて、其流により、敵の太刀に目を付るも有り。又は手に目を付る流も有り。或は顔に目を付け、或は足などに目を付るも有り。其ごとくとりわけて目を付んとしては、まぎるる心有りて、兵法のやまひといふ物になるなり。其子細は、鞠をける人は、鞠に能(よ)く目を付けねども、びんずりをけおひ、まりをしながしても、けまはりても、ける事、物になるると云ふ所あれば、慥(たし)かに目に見るに及ばず。又はうかなどするものの、わざにも、其道になれては、戸びらを鼻にたて、刀を幾腰もたまなどにとる事、是れ皆、慥かに目付とはなけれども、不断(ふだん)手にふれぬれば、おのづから見ゆる所なり。兵法の道に於ても、其敵其敵としなれ、人の心の軽重を覚え、道を行ひ得ては、太刀の遠近・遅速迄も、皆見ゆる儀なり。兵法の目付は、大形(おほかた)其人の心に付たる眼(まなこ)なり。大分の兵法に至りても、其敵の人数の位に付たる眼なり。観(くわん)・見(けん)二ツの見やう、観の目つよくして、敵の心を見、其場の位を見、大きに目を付て、其戦のけいきを見、其折ふしの強弱を見て、まさしく勝つ事を得る事、専なり。大小兵法に於て、ちひさく目を付る事なし。前にもしるす如く、濃(こまや)かにちひさく目を付るによつて、大きなる事をとりわすれ、まよふ心出できて、慥かなる勝をぬかすものなり。此利、能々(よくよく)吟味して、鍛錬有るべきなり。
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『兵法家伝書』活人劔「是極一刀」一 是極一刀之事 是極とはこれ至極也と云儀也、一刀とは刀に非ず、敵の機を見るを一刀と祕する也、大事の一刀とは、敵のはたらきを見るが無上極意之一刀也、敵の機を見るを一刀と心得、はたらきに隨て打太刀をば、第二刀と心得べし、是を根本にして樣々につかふなり、手利劔・水月・神妙劔・病氣此四ッ手足の働以上五ッ也、是を五觀一見と習なり、手利劔を見る是を一見と云、残り四つをば心に持程に觀と云也、目に見るをば見と云、心に見るを觀と云、心に觀念する儀也、四觀一見といわずして、五觀と云は、おしこめて五觀と云、其內より手利劔を一見と云也、手利劔・水月・神妙劔・病氣身手足此五なり、此內四ッをば心に觀じて眼に手利劔を見るを一見と云也
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