兵法家伝書 / 活人劔是極一刀
一 是極一刀之事 是極とはこれ至極也と云儀也、一刀とは刀に非ず、敵の機を見るを一刀と祕する也、大事の一刀とは、敵のはたらきを見るが無上極意之一刀也、敵の機を見るを一刀と心得、はたらきに隨て打太刀をば、第二刀と心得べし、是を根本にして樣々につかふなり、手利劔・水月・神妙劔・病氣此四ッ手足の働以上五ッ也、是を五觀一見と習なり、手利劔を見る是を一見と云、残り四つをば心に持程に觀と云也、目に見るをば見と云、心に見るを觀と云、心に觀念する儀也、四觀一見といわずして、五觀と云は、おしこめて五觀と云、其內より手利劔を一見と云也、手利劔・水月・神妙劔・病氣身手足此五なり、此內四ッをば心に觀じて眼に手利劔を見るを一見と云也
新字:一 是極一刀之事 是極とはこれ至極也と云儀也、一刀とは刀に非ず、敵の機を見るを一刀と秘する也、大事の一刀とは、敵のはたらきを見るが無上極意之一刀也、敵の機を見るを一刀と心得、はたらきに随て打太刀をば、第二刀と心得べし、是を根本にして様々につかふなり、手利剣・水月・神妙剣・病気此四ッ手足の働以上五ッ也、是を五観一見と習なり、手利剣を見る是を一見と云、残り四つをば心に持程に観と云也、目に見るをば見と云、心に見るを観と云、心に観念する儀也、四観一見といわずして、五観と云は、おしこめて五観と云、其内より手利剣を一見と云也、手利剣・水月・神妙剣・病気身手足此五なり、此内四ッをば心に観じて眼に手利剣を見るを一見と云也
書き下し
一 是極一刀之事 是極とはこれ至極也と云儀也、一刀とは刀に非ず、敵の機を見るを一刀と祕する也、大事の一刀とは、敵のはたらきを見るが無上極意之一刀也、敵の機を見るを一刀と心得、はたらきに隨て打太刀をば、第二刀と心得べし、是を根本にして樣々につかふなり、手利劔・水月・神妙劔・病氣此四ッ手足の働以上五ッ也、是を五觀一見と習なり、手利劔を見る是を一見と云、残り四つをば心に持程に觀と云也、目に見るをば見と云、心に見るを觀と云、心に觀念する儀也、四觀一見といわずして、五觀と云は、おしこめて五觀と云、其內より手利劔を一見と云也、手利劔・水月・神妙劔・病氣身手足此五なり、此內四ッをば心に觀じて眼に手利劔を見るを一見と云也
現代語訳
一、是極一刀のこと。是極とは、これ至極という意味である。一刀とは刀ではない。敵の機を見ることを、一刀と秘めて言うのである。大事の一刀とは、敵の働きを見ることが無上の極意の一刀である。敵の機を見るのを一刀と心得、働きに従って打つ太刀を第二刀と心得るべきである。これを根本にして、さまざまに使うのである。手利剣、水月、神妙剣、病気、この四つと、手足の働きを加えて五つである。これを五観一見と習う。手利剣を見ることを一見と言い、残りの四つは心に持つので観と言う。目に見るのを見と言い、心に見るのを観と言う。心に観念する意味である。四観一見と言わずに五観と言うのは、押し込めて五観と言うのであり、その内から手利剣を一見と言う。手利剣、水月、神妙剣、病気、身手足、この五つである。この内の四つは心に観じ、眼に手利剣を見るのを一見と言う。
解説
この章句が説くこと
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五輪書・水の巻目の付様は、大きに広く付くる目なり。観・見二ツの事、観の目つよく、見の目よわく、遠き所を近く見、近き所を遠く見る事、兵法の専なり。敵の太刀を知り、聊(いささ)かも敵の太刀を見ずと云ふ事、兵法の大事なり。工夫有るべし。此の目付、ちひさき兵法にも、大きなる兵法にも同じ事なり。目の玉動かずして、両脇を見る事肝要なり。箇様(かやう)の事、いそがしき時、俄(にはか)には弁へがたし。此の書付を覚え、常住此の目付になりて、何事にも目付の替らざる所、能々(よくよく)吟味有るべきものなり。
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