兵法家伝書 / 殺人刀機前
一 機前と云は何としたる事となれば、敵の機の前と云心也、機前と云は胸にひかへたもちたる氣なり、機とは氣也、敵の氣をよく見て、其氣の前にて、あふ樣にはたらくを、機前と云也、禪機とて專ら禪に此はたらき有事也、内にかくれて、あらさぬ氣を機と云也、樞機とて戸の内に有るろのたとへなり、内にかくしてあらはさゞる難見機をよく見て、はたらくを機前の兵法と云也
新字:一 機前と云は何としたる事となれば、敵の機の前と云心也、機前と云は胸にひかへたもちたる気なり、機とは気也、敵の気をよく見て、其気の前にて、あふ様にはたらくを、機前と云也、禅機とて専ら禅に此はたらき有事也、内にかくれて、あらさぬ気を機と云也、枢機とて戸の内に有るろのたとへなり、内にかくしてあらはさゞる難見機をよく見て、はたらくを機前の兵法と云也
書き下し
一 機前と云は何としたる事となれば、敵の機の前と云心也、機前と云は胸にひかへたもちたる氣なり、機とは氣也、敵の氣をよく見て、其氣の前にて、あふ樣にはたらくを、機前と云也、禪機とて專ら禪に此はたらき有事也、内にかくれて、あらさぬ氣を機と云也、樞機とて戸の内に有るろのたとへなり、内にかくしてあらはさゞる難見機をよく見て、はたらくを機前の兵法と云也
現代語訳
一 機前というのはどういうことかというと、敵の機の前という意味である。機前とは胸に控え持っている気である。機とは気である。敵の気をよく見て、その気の前で合うように働くのを、機前という。禅機といって、とくにこの働きが禅にある。内に隠れて現さない気を機という。枢機といって、戸の内にある枢(原文は「ろ」)のたとえである。内に隠して現さない、見えにくい機をよく見て働くのを、機前の兵法という。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『兵法家伝書』無刀之卷「機が熟する」しかれば其おもひつめたる機が、いかたまり凝かたまりて、かへつて、機にからめられて、不自由なり、いまだ機が熟せぬ故也、功をつめば、機が熟して、我が躰にとけひろごりて、自由を働く是を大用と云也、機とは、卽 氣也、座によつて機と云、心は奥なり、氣は口なり、樞機とて、戸のくるゝ也、心は一身の主人なれば、奥の座に居る者と心得べし、氣は戸口に居て心を主人として、外へはたらく也、心の善惡にわかるは、此機が、外へ出て善に行くも、惡に行くも、此機によりて分るゝ也、戸口にきつとひかへ、たもちたる氣を機と云也、人樞を明て外にて、惡をするも、善をするも、神變神通をはたらくも、此戸口を出てもあけざる時の思案による也、此機が大事の者也、此機がはたらけば、外へ出て大用があらはるゝ也、何れも氣と心得ては、ちがわぬ也、その有所によりて、いひかへた物也、又しかりとて、おく口と云て、身の内にいづくを奥と云、いづくを口なりと定る事なし、たとへなれば、おくとも口とも云也、人の物いふがごとく、いひはしむる所を口ともいひ、はたすをおくとも云べし、その言葉におく口の座敷はさだまらぬ也 〔圖〕心 機 大用 神通 神變 千手 萬手 應機 隨變 萬事 萬端 此機ハ敵ノ機也
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『兵法家伝書』殺人刀「氣と志」一 氣と志との事 右內にかまへて、おもひつめたる心を志と云也、內に志有て外に、はするを氣と云也、たとへば志は主人なり氣は召つかふ者也、志内にありて氣をつかふ也、氣が發し過て、はしればつまづく也、氣を志に引とめさせて、はやまり過ぬ樣にすべき也、兵法にて云はゞ、下作によくかためたるを志と云べし、はや立相てきつゝきられつするを氣と云べし、下作にとくとりしめて、氣を急々縣々にすべからず、志を以て氣を引とめ、氣に志を引ずられぬ樣にして、しづまる事簡要也
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『兵法家伝書』殺人刀「序(機を見ること皆兵法・秘するは知らせぬため)」是よく機を見るにあれば、卽兵法也、亦友に交りて初め終りたがわざるも、機を見てなす所なれば、兵法の心ならざるにあらず、一座の人の交も、機を見る心皆兵法也、機を見ざれば、あるまじき座に永く居て、故なきとがをかふむり、人の機を見ずして、物を云ひ口論を仕出して、身をはたす事、皆機を見ると見ざるとにかゝれり、座敷に諸道具をつらぬるも、其所々のよろしきさまにつかふまつる、其座之機を見る事、兵法の心なきにあらず、實に事はかわれども、理は一の物なれば、天下の事にあつるもたがふべからず、兵法は人をきるとばかりおもふはひが事也、人をきるにはあらず、惡をころす也、一人の惡をころして、万人をいかすはかりごと也、今此三卷にしるすは、家を出ざる書也、しかあれど、道は祕するにあらず、祕するはしらせぬが爲也、しらせざれば書なきに同じ、子孫よく思之
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『兵法家伝書』無刀之卷「大機大用(機を内に具える)」常々內に機を具せざれば、大用あらはれまじき也、座敷になをるとも上を先見、左右を見て、上より自然落る物あらば心懸ケ、戸障子のきはになをるとも、ころびかせんと心にかけ、或は貴人高位の御座近く伺候之時、自然の不慮の事や出來せんと、心懸ケ、門戸出入とも出入に付て心をすて、常々心にかくる、是皆機なり、此機常に內にある故に、自然の時、きどくの早速が出合是大用と云、しかれども此機がいまだ熟せざる時は、用があらはれぬ也、万の道に心懸がつもる功がかさなれば、機が熟して大用がはつする也、機がこり堅り居たれば、用がなき也、熟すれば全身全躰にのびひろごり、手にも足にも耳にもその所々にて、大用がはつする也、
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『兵法家伝書』殺人刀「心と身の懸待」一 心と身とに縣待ある事 心をば待に身をば縣にすべし、なぜになれば心縣なれば、はしり過て惡き程に、心をばひかへて、待に持て身を縣にして、敵に先をさせ勝べき也、心が縣なれば、人をまづきらんとして負をとる也、又の儀には心を縣に身を待にとも心得る也、なぜなれば、心は無油斷はたらかして、心を縣にして、太刀をば待にして、人に先をさするの心也、身と云は即太刀を持つ手と心得ればすむ也、然ば心は縣に身は待と云也、兩意なれども極る所は同じ心也、とかく敵に先をさせて勝也
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『兵法家伝書』殺人刀「身と太刀の懸待」一 身と太刀とに縣待の道理ある事 身をば敵にちかくふりかけて、縣になして太刀をば待になして、身足手にて敵の先をおびき出して、敵に先をさせて勝也、こゝを以て、身足は縣に、太刀は待也、身足を縣にするは、敵に先をさせむ爲也
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