兵法家伝書 / 無刀之卷機が熟する
しかれば其おもひつめたる機が、いかたまり凝かたまりて、かへつて、機にからめられて、不自由なり、いまだ機が熟せぬ故也、功をつめば、機が熟して、我が躰にとけひろごりて、自由を働く是を大用と云也、機とは、卽 氣也、座によつて機と云、心は奥なり、氣は口なり、樞機とて、戸のくるゝ也、心は一身の主人なれば、奥の座に居る者と心得べし、氣は戸口に居て心を主人として、外へはたらく也、心の善惡にわかるは、此機が、外へ出て善に行くも、惡に行くも、此機によりて分るゝ也、戸口にきつとひかへ、たもちたる氣を機と云也、人樞を明て外にて、惡をするも、善をするも、神變神通をはたらくも、此戸口を出てもあけざる時の思案による也、此機が大事の者也、此機がはたらけば、外へ出て大用があらはるゝ也、何れも氣と心得ては、ちがわぬ也、その有所によりて、いひかへた物也、又しかりとて、おく口と云て、身の内にいづくを奥と云、いづくを口なりと定る事なし、たとへなれば、おくとも口とも云也、人の物いふがごとく、いひはしむる所を口ともいひ、はたすをおくとも云べし、その言葉におく口の座敷はさだまらぬ也 〔圖〕心 機 大用 神通 神變 千手 萬手 應機 隨變 萬事 萬端 此機ハ敵ノ機也
新字:しかれば其おもひつめたる機が、いかたまり凝かたまりて、かへつて、機にからめられて、不自由なり、いまだ機が熟せぬ故也、功をつめば、機が熟して、我が体にとけひろごりて、自由を働く是を大用と云也、機とは、即 気也、座によつて機と云、心は奥なり、気は口なり、枢機とて、戸のくるゝ也、心は一身の主人なれば、奥の座に居る者と心得べし、気は戸口に居て心を主人として、外へはたらく也、心の善悪にわかるは、此機が、外へ出て善に行くも、悪に行くも、此機によりて分るゝ也、戸口にきつとひかへ、たもちたる気を機と云也、人枢を明て外にて、悪をするも、善をするも、神変神通をはたらくも、此戸口を出てもあけざる時の思案による也、此機が大事の者也、此機がはたらけば、外へ出て大用があらはるゝ也、何れも気と心得ては、ちがわぬ也、その有所によりて、いひかへた物也、又しかりとて、おく口と云て、身の内にいづくを奥と云、いづくを口なりと定る事なし、たとへなれば、おくとも口とも云也、人の物いふがごとく、いひはしむる所を口ともいひ、はたすをおくとも云べし、その言葉におく口の座敷はさだまらぬ也 〔図〕心 機 大用 神通 神変 千手 万手 応機 随変 万事 万端 此機ハ敵ノ機也
書き下し
しかれば其おもひつめたる機が、いかたまり凝かたまりて、かへつて、機にからめられて、不自由なり、いまだ機が熟せぬ故也、功をつめば、機が熟して、我が躰にとけひろごりて、自由を働く是を大用と云也、機とは、卽 氣也、座によつて機と云、心は奥なり、氣は口なり、樞機とて、戸のくるゝ也、心は一身の主人なれば、奥の座に居る者と心得べし、氣は戸口に居て心を主人として、外へはたらく也、心の善惡にわかるは、此機が、外へ出て善に行くも、惡に行くも、此機によりて分るゝ也、戸口にきつとひかへ、たもちたる氣を機と云也、人樞を明て外にて、惡をするも、善をするも、神變神通をはたらくも、此戸口を出てもあけざる時の思案による也、此機が大事の者也、此機がはたらけば、外へ出て大用があらはるゝ也、何れも氣と心得ては、ちがわぬ也、その有所によりて、いひかへた物也、又しかりとて、おく口と云て、身の内にいづくを奥と云、いづくを口なりと定る事なし、たとへなれば、おくとも口とも云也、人の物いふがごとく、いひはしむる所を口ともいひ、はたすをおくとも云べし、その言葉におく口の座敷はさだまらぬ也 〔圖〕心 機 大用 神通 神變 千手 萬手 應機 隨變 萬事 萬端 此機ハ敵ノ機也
現代語訳
そうして、その思い詰めた機が、固まり凝り固まって、かえって機にからめられて不自由になる。まだ機が熟していないからである。功を積めば、機が熟して、我が体に溶け広がり、自由に働く。これを大用という。機とは、すなわち気である。座によって機という。心は奥であり、気は口である。枢機といって、戸の回転する軸のことである。心は一身の主人なので、奥の座にいるものと心得よ。気は戸口にいて、心を主人として外へ働く。心の善悪に分かれるのは、この機が外へ出て善に行くも悪に行くも、この機によって分かれるのである。戸口にきっと控えて保っている気を機という。人が枢を開けて外で、悪をするのも、善をするのも、神変神通を働くのも、この戸口を出て開けないときの思案による。この機が大事なものである。この機が働けば、外へ出て大用が現れる。いずれも気と心得ても、違わない。その有る所によって言い換えたものである。また、そうだからといって、奥・口といって、身の内のどこを奥とし、どこを口とするという決まりはない。たとえて言えば、奥とも口とも言う。人が物を言うとき、言い始める所を口とも言い、言い果たす所を奥とも言うべきである。その言葉に、奥口の座敷は定まらないのである。〔図〕心、機、大用、神通、神変、千手、万手、応機、随変、万事、万端。この機は敵の機である。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『兵法家伝書』無刀之卷「大機大用(機を内に具える)」常々內に機を具せざれば、大用あらはれまじき也、座敷になをるとも上を先見、左右を見て、上より自然落る物あらば心懸ケ、戸障子のきはになをるとも、ころびかせんと心にかけ、或は貴人高位の御座近く伺候之時、自然の不慮の事や出來せんと、心懸ケ、門戸出入とも出入に付て心をすて、常々心にかくる、是皆機なり、此機常に內にある故に、自然の時、きどくの早速が出合是大用と云、しかれども此機がいまだ熟せざる時は、用があらはれぬ也、万の道に心懸がつもる功がかさなれば、機が熟して大用がはつする也、機がこり堅り居たれば、用がなき也、熟すれば全身全躰にのびひろごり、手にも足にも耳にもその所々にて、大用がはつする也、
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『兵法家伝書』殺人刀「機前」一 機前と云は何としたる事となれば、敵の機の前と云心也、機前と云は胸にひかへたもちたる氣なり、機とは氣也、敵の氣をよく見て、其氣の前にて、あふ樣にはたらくを、機前と云也、禪機とて專ら禪に此はたらき有事也、内にかくれて、あらさぬ氣を機と云也、樞機とて戸の内に有るろのたとへなり、内にかくしてあらはさゞる難見機をよく見て、はたらくを機前の兵法と云也
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『兵法家伝書』殺人刀「氣と志」一 氣と志との事 右內にかまへて、おもひつめたる心を志と云也、內に志有て外に、はするを氣と云也、たとへば志は主人なり氣は召つかふ者也、志内にありて氣をつかふ也、氣が發し過て、はしればつまづく也、氣を志に引とめさせて、はやまり過ぬ樣にすべき也、兵法にて云はゞ、下作によくかためたるを志と云べし、はや立相てきつゝきられつするを氣と云べし、下作にとくとりしめて、氣を急々縣々にすべからず、志を以て氣を引とめ、氣に志を引ずられぬ樣にして、しづまる事簡要也
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『兵法家伝書』無刀之卷「大機大用(躰と用)」一 大機大用、用を用とよむべし、物の躰用の時、用とよむべし、物ごとに躰用と云事あり、躰があれば、用がある者也、たとへば弓は躰なり、ひくぞ、いるぞ、あたるぞと云は用なり、燈は躰なり、ひかりは用也、水は躰也、うるほひは水の用なり、梅は躰なり、香ぞ色ぞと云は用なり、刀は躰也、きるつくは用也、しかれば、機は躰也、機から外へあらはれて、様々のはたらきあるを用と云也、梅の躰ある故に躰より花咲き色香あらはれ、匂ひをはつするごとくに、機內にありて、其用外にはたらき、つけかけ表裏懸待様々の色をしかけなどする事、內に構へたる機あるによつて、外へはたらき出る、是を用と申也、大とはほむる言葉也、大明神・大權現・大菩薩など、云も、大は褒美の言葉也、大機なる故に、大用があらはるゝ也、
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『兵法家伝書』無刀之卷「大機大用(禪僧の自由自在)」禪僧の自由自在に身をはたらかし、何事をいふも、何事をするも、皆道理にかなふて理に通ずる、是を大神通と云、大機大用と云也、神通神變と云て、別に虚空から鬼神がくだりて、不思儀をなすなどゝ云を、神變とはいはず、何事をするも、自由自在をはたらくを云也、數々の太刀構へ、表裏僞り諸道具のさばき、飛上りとびさがり、手にやいばをとり、足に蹴おとし、様々にはたらき、習の外に自在を得事を大用と云也、
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『兵法家伝書』殺人刀「序(機を見ること皆兵法・秘するは知らせぬため)」是よく機を見るにあれば、卽兵法也、亦友に交りて初め終りたがわざるも、機を見てなす所なれば、兵法の心ならざるにあらず、一座の人の交も、機を見る心皆兵法也、機を見ざれば、あるまじき座に永く居て、故なきとがをかふむり、人の機を見ずして、物を云ひ口論を仕出して、身をはたす事、皆機を見ると見ざるとにかゝれり、座敷に諸道具をつらぬるも、其所々のよろしきさまにつかふまつる、其座之機を見る事、兵法の心なきにあらず、實に事はかわれども、理は一の物なれば、天下の事にあつるもたがふべからず、兵法は人をきるとばかりおもふはひが事也、人をきるにはあらず、惡をころす也、一人の惡をころして、万人をいかすはかりごと也、今此三卷にしるすは、家を出ざる書也、しかあれど、道は祕するにあらず、祕するはしらせぬが爲也、しらせざれば書なきに同じ、子孫よく思之
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