林子平学則 / 良智・克己復禮・茶の湯・寸陰を惜しみ、勇を本とする
右八德、讀書武藝良智克己復禮茶の湯猿樂の八條は皆身に近き事にして、今日の業に係る處なり、遠大の事にあらず、童子是れを勤むるに、禹は寸陰を惜むと云へり、寸陰とは一寸の隙と云ふ事なり、又古人業を勤むる者、子に臥し寅に起ると云ふは、一ヶ月の日數三十日にては學び足らざる故、一月を四十五日にする割合なり、是れ勇の持前なり、聖人の心法も佛氏も神家も武藝者の氣位も勇にあらざれば行ひ遂げられぬなり、都て心法は勇を本とし、進む事を專に勤むべし、文武の二藝も皆此心法を宗とするなり、是れ學者の大趣意なり、
新字:右八徳、読書武芸良智克己復礼茶の湯猿楽の八条は皆身に近き事にして、今日の業に係る処なり、遠大の事にあらず、童子是れを勤むるに、禹は寸陰を惜むと云へり、寸陰とは一寸の隙と云ふ事なり、又古人業を勤むる者、子に臥し寅に起ると云ふは、一ヶ月の日数三十日にては学び足らざる故、一月を四十五日にする割合なり、是れ勇の持前なり、聖人の心法も仏氏も神家も武芸者の気位も勇にあらざれば行ひ遂げられぬなり、都て心法は勇を本とし、進む事を専に勤むべし、文武の二芸も皆此心法を宗とするなり、是れ学者の大趣意なり、
書き下し
右八德、讀書武藝良智克己復禮茶の湯猿樂の八條は皆身に近き事にして、今日の業に係る處なり、遠大の事にあらず、童子是れを勤むるに、禹は寸陰を惜むと云へり、寸陰とは一寸の隙と云ふ事なり、又古人業を勤むる者、子に臥し寅に起ると云ふは、一ヶ月の日數三十日にては學び足らざる故、一月を四十五日にする割合なり、是れ勇の持前なり、聖人の心法も佛氏も神家も武藝者の氣位も勇にあらざれば行ひ遂げられぬなり、都て心法は勇を本とし、進む事を專に勤むべし、文武の二藝も皆此心法を宗とするなり、是れ學者の大趣意なり、
現代語訳
右の八徳と、読書・武芸・良智・克己復礼・茶の湯・猿楽の八条は、みな身に近いことで、今日の務めに関わるところです。遠大なことではありません。童子がこれを勤めるのに、禹は寸陰を惜しむと言われました。寸陰とは、一寸の隙(わずかな時間)ということです。また、古人で業を勤める者が、子に臥し寅に起きると言うのは、一か月の日数三十日では学び足りないので、一か月を四十五日にする割合です。これは勇の持ち前です。聖人の心法も、仏氏も、神道家も、武芸者の気位も、勇でなければ行い遂げられません。すべて心法は勇を本とし、進むことをもっぱら勤めるべきです。文武の二芸も、みなこの心法を宗とします。これが学者の大趣意です。
解説

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『武士訓』卷二・第8段武士は勇をうちにふくみて。外にあらはさゞること本意なり。文武を兼學て後自得すべし。但し武道にのみこゝろを用る者。年齡にて。心術ねれざるうちは。裏に勇をふくめば。かならず表にも見ゆるなり。古語に珠藏而川媚。玉韞而山輝といへるごとし。これを怯弱の者は。うわさものなどと見あやまつたぐひあり。又生得暴惡にして不義の徒もあり。おの〳〵言行をためしみて後さとすべし。今の俗をみるに。和愛ある人は柔弱に。勇敢の人は麁暴なり。こゝをもつて。前にいへるごとく。はじめに書をよませて道をしらしめ。後に武術をならはすべし。かくのごとくまなぶときは。柔弱麁暴二つのゐえ有べからず。
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『呻吟語』外篇・品藻・至勇は氣無し小勇は噭燥、巧勇は色笑、大勇は沉毅、至勇は氣無し。
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『文武訓』武訓下一勇者は外をあらくせず。荀子が、能く定つて後能く応ずといへるが如くなるべし。いふ意は、敵にむかひては、心をしづかに定めてうごかさずして、よく敵に勝つ。外に気をうごかして、かるがるしくさわがしきは、内に敵に応ずべき根なし。人に勝ちがたし。
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『武士道』第四章 勇・敢爲堅忍の精神・生くべき時に生き死すべき時に死すされど生くべき時に生き、死すべき時に死するは真の勇なり』と。又た泰西の識者の、肉体の勇と道徳の勇とを区別するが如きは、我国人も亦たつとに之を為す。いやしくも士林に在る者は、小少より既に大勇と匹夫の勇とを弁知せざるものなかりしならん。剛毅、大胆、自若、勇猛の徳性は、青年武士の嚮往する所にして、彼等は実例に則り、実行に由り、世の最も尊尚する此徳を磨厲して、敢て人後に落ちざらんことを努めたり。孩提の児童と雖、なお母の懐に在りて、武功譚、英雄物語に耳を傾け、もし苦痛を哀訴することあらんか、母は『些少の苦痛に泣くは卑怯者』と呵し、継ぐに『戦場に出でて、腕を断たれなば何如。切腹を命ぜられなば何如』等の属語を以てしたり。
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『武士道』第十二章 切腹及び敵討・生を求むるは真の大勇真の名誉とは、天の命ずる所のものを成就するの謂ひなり。之れが為に招くの死は必ずや恥辱に非らず。然るに一死以て天の賦与する所を免れんとするが如きは、真に怯懦なりと云ふべし。サア・トマス・ブラウンの奇書『医道宗教』は、英語を以て我国武士道の常に教ふる所と其軌を一にせる訓戒を説破して曰く、『死を軽んずるは勇なり。されど生の死よりも恐るべきに臨んで、敢て生を求むるは真の大勇なり』と。古への名僧の諷言にも、『平生何程口巧者に云ふとも、死にたることの無き侍は、まさかの時に逃げ隠れするものなり』と云ひ、又た『一たび心の中にて死したる者には、真田の槍も為朝の矢も透らず』と。此等の語は、蓋し吾人をして、『我が為に生命を喪ふ者は之を得べし』と云へる大工匠の建てたる殿堂の門に近邇せしむるものに非らずや。