林子平学則 / 良智・克己復禮・茶の湯・復礼の実践と芸の嗜み
復禮は慾に勝ちて道と義に叶ふ樣にする事なり、事物皆禮不禮有りて顧るべし、或は妄に怒氣發る時など何故如斯怒氣至るやと顧ば、元より私の我儘より起る疾なれば、一度顧て忽ち消散するなり、 最も是等の處大に勇を用る所なり、一茶の湯猿樂の二つは、當朝の大禮なり、然るに隱者の翫び事、殺伐の音などゝ稱して、一圓に不心得は、大不覺悟といふべきか、附閑暇の時、詩文或は琴棋書法等の諸藝も習ふべし、空しく日を送ることなかれ、
新字:復礼は慾に勝ちて道と義に叶ふ様にする事なり、事物皆礼不礼有りて顧るべし、或は妄に怒気発る時など何故如斯怒気至るやと顧ば、元より私の我儘より起る疾なれば、一度顧て忽ち消散するなり、 最も是等の処大に勇を用る所なり、一茶の湯猿楽の二つは、当朝の大礼なり、然るに隠者の翫び事、殺伐の音などゝ称して、一円に不心得は、大不覚悟といふべきか、附閑暇の時、詩文或は琴棋書法等の諸芸も習ふべし、空しく日を送ることなかれ、
書き下し
復禮は慾に勝ちて道と義に叶ふ樣にする事なり、事物皆禮不禮有りて顧るべし、或は妄に怒氣發る時など何故如斯怒氣至るやと顧ば、元より私の我儘より起る疾なれば、一度顧て忽ち消散するなり、 最も是等の處大に勇を用る所なり、一茶の湯猿樂の二つは、當朝の大禮なり、然るに隱者の翫び事、殺伐の音などゝ稱して、一圓に不心得は、大不覺悟といふべきか、附閑暇の時、詩文或は琴棋書法等の諸藝も習ふべし、空しく日を送ることなかれ、
現代語訳
復礼は、欲に勝って道と義にかなうようにすることです。事物にはみな礼・不礼があって顧みるべきです。たとえば、みだりに怒りが起こるとき、なぜこのように怒りが至るのかと顧みれば、もとより私の我儘から起こる病ですから、一度顧みてたちまち消え去ります。(全角空白)もっとも、これらの場面は大いに勇を用いるところです。一つ、茶の湯と猿楽の二つは、この国の大礼です。それなのに、隠者の弄び事、殺伐の音などと称して、まったく心得ないのは、大きな不覚悟というべきでしょうか。付けたり、閑暇のときには、詩文あるいは琴・碁・書・画などの諸芸も習うべきです。むなしく日を送ってはなりません。
解説

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