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配所残筆 / 配所殘筆14

山口出雲守殿御出候て御申候者、津輕十郎左衞門殿御申候は、津輕越中守殿御知行高は少く御座候へ共、土地廣新田多候間、知行之事者其方望に御任可有之候、越中守殿初而御入部御座候間、拙者付申候て參候樣に御賴候と被仰聞候、拙者申候者、先以忝奉存候、乍去越州公別而被懸御目候へ共、未御若年に被成御座候、尤十郎左衞門殿出雲守被仰候御事に御座候へ共、家中衆又は他所衆承候て御若年之御方樣へ如何樣に申なし候て如此儀御座候などと、以來迄御沙汰御座候得ば迷惑仕候間、御免被成下候樣御斷申上候、其已後津輕十郎左衞門殿死去之時分、遺書にも拙者得御意候樣に御申置候故、其段御底意奉存候、越中公へ彌御懇意忝奉存候て得御意候、村上宗古老我等別而申談候事各存たる儀に候、拙者方へ御出之時分御申候は、我等事若き時分より物之師を取誓詞仕候事無之、殊更武藝抔者人にさして習候者にて無之候、世上軍法者多候得共、師を仕候者我等所へ參り候て軍法咄仕候へ共、我等尤と存候者無之候、此段渡邊睡庵と晝夜心易咄候て、古來より軍法弓矢咄し每度聞候故と存候、然に近年其方に逢候て、軍法兵學之咄評判詮義を仕候に每度驚耳候、睡庵事は渡奉公人に近代珍敷武士と存候、

新字:山口出雲守殿御出候て御申候者、津軽十郎左衛門殿御申候は、津軽越中守殿御知行高は少く御座候へ共、土地広新田多候間、知行之事者其方望に御任可有之候、越中守殿初而御入部御座候間、拙者付申候て参候様に御頼候と被仰聞候、拙者申候者、先以忝奉存候、乍去越州公別而被懸御目候へ共、未御若年に被成御座候、尤十郎左衛門殿出雲守被仰候御事に御座候へ共、家中衆又は他所衆承候て御若年之御方様へ如何様に申なし候て如此儀御座候などと、以来迄御沙汰御座候得ば迷惑仕候間、御免被成下候様御断申上候、其已後津軽十郎左衛門殿死去之時分、遺書にも拙者得御意候様に御申置候故、其段御底意奉存候、越中公へ弥御懇意忝奉存候て得御意候、村上宗古老我等別而申談候事各存たる儀に候、拙者方へ御出之時分御申候は、我等事若き時分より物之師を取誓詞仕候事無之、殊更武芸抔者人にさして習候者にて無之候、世上軍法者多候得共、師を仕候者我等所へ参り候て軍法咄仕候へ共、我等尤と存候者無之候、此段渡辺睡庵と昼夜心易咄候て、古来より軍法弓矢咄し毎度聞候故と存候、然に近年其方に逢候て、軍法兵学之咄評判詮義を仕候に毎度驚耳候、睡庵事は渡奉公人に近代珍敷武士と存候、

書き下し

山口出雲守殿御出候て御申候者、津輕十郎左衞門殿御申候は、津輕越中守殿御知行高は少く御座候へ共、土地廣新田多候間、知行之事者其方望に御任可有之候、越中守殿初而御入部御座候間、拙者付申候て參候樣に御賴候と被仰聞候、拙者申候者、先以忝奉存候、乍去越州公別而被懸御目候へ共、未御若年に被成御座候、尤十郎左衞門殿出雲守被仰候御事に御座候へ共、家中衆又は他所衆承候て御若年之御方樣へ如何樣に申なし候て如此儀御座候などと、以來迄御沙汰御座候得ば迷惑仕候間、御免被成下候樣御斷申上候、其已後津輕十郎左衞門殿死去之時分、遺書にも拙者得御意候樣に御申置候故、其段御底意奉存候、越中公へ彌御懇意忝奉存候て得御意候、村上宗古老我等別而申談候事各存たる儀に候、拙者方へ御出之時分御申候は、我等事若き時分より物之師を取誓詞仕候事無之、殊更武藝抔者人にさして習候者にて無之候、世上軍法者多候得共、師を仕候者我等所へ參り候て軍法咄仕候へ共、我等尤と存候者無之候、此段渡邊睡庵と晝夜心易咄候て、古來より軍法弓矢咄し每度聞候故と存候、然に近年其方に逢候て、軍法兵學之咄評判詮義を仕候に每度驚耳候、睡庵事は渡奉公人に近代珍敷武士と存候、

現代語訳

山口出雲守殿が来られて言うには、津軽十郎左衛門殿が、津軽越中守殿の知行高は少ないが土地が広く新田が多いので、知行のことはあなたの望みに任せよう、越中守殿が初めて入部されるので、私に付いて来てほしい、と頼まれたとのことでした。私は、まずありがたく存じます、しかし越州公は特に目をかけてくださっていますが、まだお若くいらっしゃいます、十郎左衛門殿や出雲守殿の仰せはもっともですが、家中の衆や他所の衆が聞いて、お若い方にどのように言いなしてこうなったのかと、のちのちまで取り沙汰されては迷惑ですので、ご辞退申し上げます、と答えました。その後、津軽十郎左衛門殿が亡くなる時にも、遺書で私に会うように言い置かれたので、そのお心を知り、越中公へはいよいよ懇意をありがたく思って拝謁しました。村上宗古老と私が特に話し合ったことは、皆さんご存じのことです。宗古老が私の所へ来られた時に言われたのは、自分は若い時から師を取って誓詞をしたことがなく、まして武芸など人に習ったものではない、世上に軍法者は多く、師を名乗る者が来て軍法の話をしても、なるほどと思う者はいなかった、これは渡辺睡庵と昼夜気安く話して、古来の軍法弓矢の話をいつも聞いていたからだと思う、ところが近年あなたに会い、軍法兵学の話や評判、詮議をすると、毎度驚いて聞き入る、睡庵は渡り奉公人としては近代に珍しい武士だと思う、ということでした。

解説

この段で素行は、仕官の誘いを断った経緯と、村上宗古老が自分の弟子になる前の言葉を記しています。知行は望み次第という好条件でも、若い主君に取り入ったと噂されることを恐れて辞退する点に、素行の用心深さと名誉の感覚が出ています。後半は、師を持たず武芸も人に習わなかった宗古老が、素行の兵学談義に毎度驚くと述べる場面で、他人の口を借りて自分の学の評価を示す書き方です。睡庵への言及は、当時の武士の学びの経路を示します。現代の転職や引き抜きの場面でも、条件の良さより、周囲にどう見えるかを先に考える視点は参考になります。文は睡庵の評で途切れ、次の段に続きます。

この章句が説くこと

仕官辞退兵学師弟評判配所残筆

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