配所残筆 / 配所殘筆7
同年丹羽左京大夫殿兼而我等に兵法御聞候、兵書之次而に莊子之講釋御所望候て、折々講談申上候、荒尾平八郎殿揖斐與左衞門殿など御聞候、其時分は我等事老子莊子之學を好候て講釋申上候、然に武田道安事明壽院に老莊相傳候、近代世上に莊子之講釋は無之、拙者讀候事無心許候間、一坐聞申度之由を淺野因州公御賴被申、因州公拙者へ御斷被成候て、道安事丹羽左京大夫殿亭にて一座仕候て、拙者莊子聞被申候、道安殊の外拙者を褒美不大方候、其段後迄因州公御咄に候、道安は醫師殊更學問も廣才無之候得共、明壽院以來に不承候由、別而褒美被仕候故、書付候事に候。
新字:同年丹羽左京大夫殿兼而我等に兵法御聞候、兵書之次而に荘子之講釈御所望候て、折々講談申上候、荒尾平八郎殿揖斐与左衛門殿など御聞候、其時分は我等事老子荘子之学を好候て講釈申上候、然に武田道安事明寿院に老荘相伝候、近代世上に荘子之講釈は無之、拙者読候事無心許候間、一坐聞申度之由を浅野因州公御頼被申、因州公拙者へ御断被成候て、道安事丹羽左京大夫殿亭にて一座仕候て、拙者荘子聞被申候、道安殊の外拙者を褒美不大方候、其段後迄因州公御咄に候、道安は医師殊更学問も広才無之候得共、明寿院以来に不承候由、別而褒美被仕候故、書付候事に候。
書き下し
同年丹羽左京大夫殿兼而我等に兵法御聞候、兵書之次而に莊子之講釋御所望候て、折々講談申上候、荒尾平八郎殿揖斐與左衞門殿など御聞候、其時分は我等事老子莊子之學を好候て講釋申上候、然に武田道安事明壽院に老莊相傳候、近代世上に莊子之講釋は無之、拙者讀候事無心許候間、一坐聞申度之由を淺野因州公御賴被申、因州公拙者へ御斷被成候て、道安事丹羽左京大夫殿亭にて一座仕候て、拙者莊子聞被申候、道安殊の外拙者を褒美不大方候、其段後迄因州公御咄に候、道安は醫師殊更學問も廣才無之候得共、明壽院以來に不承候由、別而褒美被仕候故、書付候事に候。
現代語訳
同じ年、丹羽左京大夫殿は、かねて私から兵法をお聞きになっていましたが、兵書のついでに『荘子』の講釈をご所望になり、折々講談を申し上げました。荒尾平八郎殿・揖斐与左衛門殿などもお聞きになりました。そのころ私は老子・荘子の学を好んで講釈しておりました。ところが武田道安は明寿院から老荘を相伝されており、近ごろ世間に荘子の講釈はなく、私が読むのも心もとないので、一座を聞いてみたいと、浅野因州公に頼んで申し込まれ、因州公が私にお断りになったうえで、道安は丹羽左京大夫殿の屋敷で同席し、私の荘子を聞かれました。道安はことのほか私を褒めること並大抵でなく、そのことは後々まで因州公がお話しになりました。道安は医師で、学問も広い才はありませんが、明寿院以来こうした講釈は聞いたことがないと、とくに褒めてくれたので、書き付けておくのです。
解説
この章句が説くこと
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