呻吟語 / 内篇・修身・人人に心史有り
毋以人譽而遂謂無過。世道尚渾厚,人人有心史也。人之心史真,惟我有心史而後無畏人之心史矣。
新字:毋以人誉而遂謂無過。世道尚渾厚,人人有心史也。人之心史真,惟我有心史而後無畏人之心史矣。
書き下し
人の譽むるを以て遂に過ち無しと謂ふ毋かれ。世道尚ほ渾厚なり、人人に心史有るなり。人の心史は真なり。惟だ我に心史有りて而る後に人の心史を畏るる無し。
現代語訳
人が褒めてくれたからといって、過ちが無いと思ってはいけません。世の中はまだ厚みを保っていて、人はみな心の中に自分だけの歴史書を持っています。人の心の歴史書は正確です。自分の中にも同じ歴史書があって初めて、人の心の歴史書を恐れずにいられます。
解説
人はみな心の中に、口には出さない評価の記録を持っている。呂坤はそれを心史と呼びます。口では褒めていても、記録は正確だというのです。恐ろしい見方ですが、対処法も示されていて、自分でも同じ記録をつけていればよい。自分の記録と人の記録が一致していれば、何を書かれても怖くありません。褒め言葉を証拠にするなという戒めと、自己点検の勧めが一続きになっています。
この章句が説くこと
評価心史褒め言葉自己点検恐れ
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