論語 / 衛霊公篇
子曰、不曰如之何如之何者、吾末如之何也已矣。
書き下し
子曰く、「如之何、如之何と曰わざる者は、吾之を如何ともする末(な)きのみ。」
現代語訳
自分で工夫しない者は、誰も助けられない。
解説
「どうしたらいいだろう、どうすればもっと良くなるだろう」と自分から工夫し悩まない人は、私にもどうしてやりようがない。孔子はこう嘆きます。どんなに知恵のある人でも、本人にやる気や工夫しようとする気持ちがなければ、手助けのしようがないということです。仕事でも家事でも子育てでも、「どうすればうまくいくか」と自分の頭で考え続ける人は、少しずつでも前に進んでいきます。逆に、言われたことをこなすだけで、自分から考えようとしない人は、そこで足踏みしてしまいます。困ったときにこそ、まず自分自身に問いを重ねる姿勢を持ち続けることが、成長への一番の近道です。
この章句が説くこと
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