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配所残筆 / 配所殘筆5

たとへ御家來にて有之共、豐後守殿抔御所望之者に有之候は可被遣候、豐後守殿御用之事者、御公儀之御用同意に候間、豐後守殿へ被召抱候樣に可仕候、其段勘兵衞殿安房守殿へも佐五右衞門被遣候由に候、佐五右衞門もはや可被召抱候段御兩所へ御約束被成候而御座候、只今此段如何に可有御座候と申上候へば、兵右衞門殿仁右衞門殿御事心易義に候間不苦候由被仰出候由に候、拙者奉存候者、大納言樣右之通御遠慮被遊候上者、豐後守殿にも御抱被成間敷か、其上御老中家は遠慮仕候子細御座候間、此方より左右方へ御斷申上度候段、岡野權右衞門殿御相談仕候て、其分に罷成候、右兵右衞門殿は、謙信流之軍法者、御歷々方に弟子衆大勢候得者、我等弟子に可被成候て、兵學御勤御念頃に候、仁右衞門殿者、我等に鞠身のやはら御相傳候て、奧儀迄承候故、別て得御意候、岡野權右衞門殿は、我等若年之時分より書物御聞、殊に兵法之弟子に被成候て御一類中不殘我等に兵學御聞候故、御心易得御意候、右之翌年加賀松平筑前守殿拙者儀被及聞召可召抱由、町野長門守殿御取持に、拙者親申候は、知行千石不被下候はゞ罷出候事無用に可仕候旨申候て留申候、筑前守殿にも七百石迄は可被下候由御沙汰候由に長門守殿御申候由承候、

新字:たとへ御家来にて有之共、豊後守殿抔御所望之者に有之候は可被遣候、豊後守殿御用之事者、御公儀之御用同意に候間、豊後守殿へ被召抱候様に可仕候、其段勘兵衛殿安房守殿へも佐五右衛門被遣候由に候、佐五右衛門もはや可被召抱候段御両所へ御約束被成候而御座候、只今此段如何に可有御座候と申上候へば、兵右衛門殿仁右衛門殿御事心易義に候間不苦候由被仰出候由に候、拙者奉存候者、大納言様右之通御遠慮被遊候上者、豊後守殿にも御抱被成間敷か、其上御老中家は遠慮仕候子細御座候間、此方より左右方へ御断申上度候段、岡野権右衛門殿御相談仕候て、其分に罷成候、右兵右衛門殿は、謙信流之軍法者、御歴々方に弟子衆大勢候得者、我等弟子に可被成候て、兵学御勤御念頃に候、仁右衛門殿者、我等に鞠身のやはら御相伝候て、奥儀迄承候故、別て得御意候、岡野権右衛門殿は、我等若年之時分より書物御聞、殊に兵法之弟子に被成候て御一類中不残我等に兵学御聞候故、御心易得御意候、右之翌年加賀松平筑前守殿拙者儀被及聞召可召抱由、町野長門守殿御取持に、拙者親申候は、知行千石不被下候はゞ罷出候事無用に可仕候旨申候て留申候、筑前守殿にも七百石迄は可被下候由御沙汰候由に長門守殿御申候由承候、

書き下し

たとへ御家來にて有之共、豐後守殿抔御所望之者に有之候は可被遣候、豐後守殿御用之事者、御公儀之御用同意に候間、豐後守殿へ被召抱候樣に可仕候、其段勘兵衞殿安房守殿へも佐五右衞門被遣候由に候、佐五右衞門もはや可被召抱候段御兩所へ御約束被成候而御座候、只今此段如何に可有御座候と申上候へば、兵右衞門殿仁右衞門殿御事心易義に候間不苦候由被仰出候由に候、拙者奉存候者、大納言樣右之通御遠慮被遊候上者、豐後守殿にも御抱被成間敷か、其上御老中家は遠慮仕候子細御座候間、此方より左右方へ御斷申上度候段、岡野權右衞門殿御相談仕候て、其分に罷成候、右兵右衞門殿は、謙信流之軍法者、御歷々方に弟子衆大勢候得者、我等弟子に可被成候て、兵學御勤御念頃に候、仁右衞門殿者、我等に鞠身のやはら御相傳候て、奧儀迄承候故、別て得御意候、岡野權右衞門殿は、我等若年之時分より書物御聞、殊に兵法之弟子に被成候て御一類中不殘我等に兵學御聞候故、御心易得御意候、右之翌年加賀松平筑前守殿拙者儀被及聞召可召抱由、町野長門守殿御取持に、拙者親申候は、知行千石不被下候はゞ罷出候事無用に可仕候旨申候て留申候、筑前守殿にも七百石迄は可被下候由御沙汰候由に長門守殿御申候由承候、

現代語訳

「たとえ家来であっても、豊後守殿などがご所望の者であれば、お譲りすべきです。豊後守殿の御用は幕府の御用と同じですから、豊後守殿に召し抱えられるようにしなさい」と、勘兵衛殿・安房守殿へも佐五右衛門が遣わされたとのことです。佐五右衛門がすでに、召し抱えられる旨を両所へお約束なさっており、今となってはどうしたものでしょうかと申し上げたところ、兵右衛門殿・仁右衛門殿はご懇意の間柄だから差し支えないと仰せ出されたといいます。私が思いますに、大納言様がこのようにご遠慮なさった以上、豊後守殿もお抱えにならないのではないか、そのうえ老中家は遠慮すべき事情もありますから、こちらから双方へお断り申し上げたいと、岡野権右衛門殿にご相談して、そのようになりました。右の兵右衛門殿は、謙信流の軍法者で、歴々の方々に弟子が大勢おられるので、私を弟子にしようと、兵学をお勤めになり、ご懇意でした。仁右衛門殿は、私に鞠・身のやわらをご相伝になり、奥義まで承ったので、とくに親しくしていただきました。岡野権右衛門殿は、私の若年のころから書物を聞かれ、さらに兵法の弟子にもなり、ご一族の方々がすべて私に兵学を聞かれたので、気安くお付き合いしました。その翌年、加賀の松平筑前守殿が私のことをお聞き及びになり、召し抱えたいと、町野長門守殿のお取り持ちがありましたが、私の親が、知行千石をくださらないなら出仕は無用にしますと申して止めました。筑前守殿も七百石までは下さるとのご沙汰だと、長門守殿が申されたと承っています。

解説

前の段の続きで、紀伊大納言様と阿部豊後守殿の間にはさまれた仕官の話が、素行自身の判断で双方への辞退に落ち着く経緯です。老中家には遠慮すべき事情があるという理由を挙げ、こちらから先に断る形をとっています。そのあと、加賀の松平筑前守殿からの話では、親が千石でなければ出仕は無用と申し、先方は七百石までと言ったと記します。条件交渉を親が受け持ち、金額まで書き残している点に注目できます。複数の引き合いの間で、自分から先に身を引く判断と、希望条件を示す交渉の進め方の例として読めます。

この章句が説くこと

板挟み辞退条件交渉知行謙信流配所残筆

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