群書治要 / 『群書治要』政要論・国を保つ要は欲を節すること
夫人生而有情、情發而為欲、物見於外、情動於中、物之感人也無窮、而情之所欲也無極、是物至而人化也。人化也者、滅天理矣。夫欲至無極、以尋難窮之物、雖有賢聖之姿、鮮不衰敗、故修身治國也。要莫大於節欲。傳曰:欲不可縱、歷觀有家有國、其得之也。莫不階於儉約、其失之也。莫不由於奢侈、儉者節欲、奢者放情、放情者危、節欲者安。
新字:夫人生而有情、情発而為欲、物見於外、情動於中、物之感人也無窮、而情之所欲也無極、是物至而人化也。人化也者、滅天理矣。夫欲至無極、以尋難窮之物、雖有賢聖之姿、鮮不衰敗、故修身治国也。要莫大於節欲。伝曰:欲不可縦、歴観有家有国、其得之也。莫不階於倹約、其失之也。莫不由於奢侈、倹者節欲、奢者放情、放情者危、節欲者安。
書き下し
夫れ人は生まれながらにして情有り、情発して欲と為る。物外に見れ、情中に動く。物の人を感ぜしむること窮まり無くして、情の欲する所極まり無し。是れ物至りて人化するなり。人化する者は、天理を滅ぼすなり。夫れ欲の極まり無きに至り、以て窮め難きの物を尋ぬれば、賢聖の姿有りと雖も、衰敗せざること鮮し。故に身を修め国を治むるは、要は欲を節するより大なるは莫し。伝に曰く、欲は縦にす可からず、と。歴観するに家有り国有る、其の之を得るや、倹約に階らざるは莫く、其の之を失うや、奢侈に由らざるは莫し。倹なる者は欲を節し、奢なる者は情を放にす。情を放にする者は危うく、欲を節する者は安し。
現代語訳
人は生まれながらに感情を持ち、感情が起こって欲になります。物が外に現れると、心が内で動きます。物が人を揺さぶることは尽きることがなく、心の欲することにも限りがありません。これが、物が来て人が変わってしまうということです。人が変わってしまうとは、天の道理を滅ぼすことです。欲が際限なくなり、追い尽くせない物を追い求めれば、賢人や聖人の資質があっても、衰え敗れないことはまれです。ですから身を修め国を治めるには、欲を節することより大切なことはありません。古い書物には、欲は思うままにしてはならない、とあります。家を持ち国を持つ者の歴史を見渡すと、手に入れたのは倹約によらないことはなく、失ったのは奢侈によらないことはありません。倹約する者は欲を節し、奢る者は心を放ちます。心を放つ者は危うく、欲を節する者は安らかです。
解説

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荀子・正名篇凡そ治を語りて欲を去るを待つ者は、欲を道びく無くして有欲に困しむ者なり。凡そ治を語りて欲を寡なくするを待つ者は、欲を節する無くして多欲に困しむ者なり。欲有ると欲無きとは、異類なり、生と死となり、治乱に非ざるなり。欲の多寡は、異類なり、情の数なり、治乱に非ざるなり。欲は得べきを待たずして、求むる者は可とする所に従う。欲の得べきを待たざるは、天に受くる所なり。求むる者の可とする所に従うは、心に受くる所なり。天に受くる所の一欲、心に受くる所の多に制せらる、固より天に受くる所に類し難し。人の生を欲するや甚だしく、人の死を悪むや甚だし。然り而して人に生に従いて死を成す者有るは、生を欲せずして死を欲するに非ざるなり、以て生くべからずして以て死すべければなり。故に欲之に過ぎて動の及ばざるは、心之を止むればなり。心の可とする所理に中れば、則ち欲多しと雖も、奚ぞ治を傷らんや。欲及ばずして動之に過ぐるは、心之をして然らしむればなり。心の可とする所理を失えば、則ち欲寡なしと雖も、奚ぞ乱に止まらんや。故に治乱は心の可とする所に在りて、情の欲する所に亡し。之を其の在る所に求めずして、之を其の亡き所に求むれば、我之を得たりと曰うと雖も、之を失えるなり。
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『管子』禁藏故に聖人の事を制するや、能く宫室を節し車輿を適にして以て藏を實たせば、則ち國必ず富み、位必ず尊し。能く衣服を適にし、玩好を去りて以て本を奉ずれば、而ち用必ず贍り、身必ず安し。能く無益の事、無補の費を移し、幣を通じ禮を行えば、而ち黨必ず多く、交必ず親しむ。夫れ衆人は多く物に營まれて、其の力を苦しめ、其の心を勞す、故に困しみて贍らず、大なる者は以て其の國を失い、小なる者は以て其の身を危うくす。凡そ人の情、欲する所を得れば則ち樂しみ、惡む所に逢えば則ち憂う、此れ貴賤の同じく有る所なり。之に近づけば欲する勿き能わず、之を逺ざくれば忘るる勿き能わず、人情皆な然り、而して好惡同じからず。各おの欲する所を行いて、安危焉に異なる、然る後に賢不肖の形見るるなり。
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孟子・盡心章句下孟子曰く、「心を養うは、寡欲より善きは莫し。其の人と為りや寡欲なれば、存せざる者有りと雖も、寡し。其の人と為りや多欲なれば、存する者有りと雖も、寡し。」
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群書治要・『群書治要』魏志・倹約の強要が偽りを生む天下の大器は、位と人とに在り。一節の倹を以てす可からざるなり。倹素の中を過ぐるは、自ら以て身を処するには則ち可なるも、此れを以て物を格さば、失う所或いは多し。今、朝廷の議、吏の新衣を著け、好車に乗る者は、之を不清と謂い、形容飾らず、衣裘の獘壊せる者は、之を廉潔と謂う。士大夫をして、故に其の衣を汚辱し、其の輿服を蔵し、朝府の大吏、或いは自ら壺餐を挈げて、以て官寺に入るに至らしむ。夫れ教えを立て俗を観るには、中庸に処するを貴ぶ、継ぐ可きが為なり。今、一槪の堪え難きの行いを崇び、以て殊塗を検し、勉めて之を為せば、必ず疲瘁有り。古の大教は、務めて人情に通ずるに在り。而して凡そ激詭の行いは、則ち隠僞を容る。
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呂氏春秋・情欲①天、人を生じて、貪有り欲有らしむ。欲に情有り、情に節有り。聖人、節を修めて以て欲を止む。故に其の情を行うを過ごさざるなり。故に耳の五聲を欲し、目の五色を欲し、口の五味を欲するは、情なり。此の三者は、貴賤愚智賢不肖、之を欲すること一の若し。神農・黃帝と雖も、其れ桀・紂と同じ。聖人の異なる所以は、其の情を得ればなり。生を貴ぶに由りて動けば、則ち其の情を得、生を貴ぶに由らずして動けば、則ち其の情を失う。此の二者は、死生存亡の本なり。
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『斉家論』下倹約序。伏して惟みるに、御代の泰平目出度く治まる事、上は貴く下は賤しく、尊卑の位ましまし、有りがたくも孝を鬼神に致し、飲食衣服宮室の類は薄くなし、倹を用ひたまひ、恵みを万邦に垂れんと、御力を尽し玉ふ。至徳光輝普くあらはれ、すゑが末まで安穏に、照し玉はぬ里もなし。実に徒然艸にも、世を治むる道は、倹約を本とすといへり。蓋し倹約と云ふ事、世に多く誤り、吝き事と心得たる人あり。左にはあらず。倹約は財宝を節く用ひ、我が分限に応じ、過不及なく、物の費え捨つる事を厭ひ、時にあたり法にかなふやうに用ゆる事成るべし。それ天下安穏に治まり、有りがたく辱き事、一をあげていはゞ、財宝は数千里のあなたより、数千里のこなたへ取り通し、