群書治要 / 『群書治要』晉書上・南郭先生のただ乗りを許さない
昔齊王好聽竽聲、必令三百人合吹而後聽之、廩以數人之俸、南郭先生不知吹竽者也。以三百人合吹可以容其不知、因請為王吹竽、虛食數人之俸、嗣王覺而改之、難彰先王之過。乃下令曰:吾之好聞竽聲、有甚於先王、欲一一列而聽之、先生于此逃矣。推賢之風不立、濫舉之法不改、則南郭先生之徒盈於朝矣。
新字:昔斉王好聴竽声、必令三百人合吹而後聴之、廩以数人之俸、南郭先生不知吹竽者也。以三百人合吹可以容其不知、因請為王吹竽、虚食数人之俸、嗣王覚而改之、難彰先王之過。乃下令曰:吾之好聞竽声、有甚於先王、欲一一列而聴之、先生于此逃矣。推賢之風不立、濫舉之法不改、則南郭先生之徒盈於朝矣。
書き下し
昔、斉王は竽の声を聴くを好み、必ず三百人をして合吹せしめて後に之を聴く。廩するに数人の俸を以てす。南郭先生は竽を吹くを知らざる者なり。三百人の合吹は以て其の知らざるを容るべきを以て、因りて王の為に竽を吹かんと請い、虚しく数人の俸を食む。嗣王覚りて之を改む。先王の過ちを彰らかにし難し。乃ち令を下して曰く、吾の竽声を聞くを好むこと、先王より甚だしき有り、一一列して之を聴かんと欲す、と。先生此に逃げたり。推賢の風立たず、濫挙の法改まらずんば、則ち南郭先生の徒、朝に盈たん。
現代語訳
昔、斉の王は竽(笙に似た楽器)の音を聴くのを好み、必ず三百人に合奏させてから聴きました。数人分の俸給を与えて養ったなかに、南郭先生という竽の吹き方を知らない者がいました。三百人の合奏ならば吹けないことも隠せるので、王のために竽を吹きたいと願い出て、実際には何もせず数人分の俸給を食んでいました。次の王はそれに気づいて改めました。先王の過ちをあからさまにするのは難しかったので、命令を下して言いました。「私が竽の音を聴くのを好むことは先王以上であり、一人ずつ並べて聴きたい。」南郭先生はここで逃げ出しました。賢者を推し譲る風が立たず、いい加減な推挙の方法が改まらなければ、南郭先生のような者が朝廷に満ちるでしょう。
解説

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