淮南子 / 脩務訓
昔晉平公令官為鍾。鍾成,而示師曠。師曠曰:「鍾音不調。」平公曰:「寡人以示工,工皆以為調。而以為不調,何也?」師曠曰:「使後世無知音者則已,若有知音者,必知鍾之不調。」故師曠之欲善調鍾也,以為後之有知音者也。三代與我同行,五伯與我齊智,彼獨有聖智之實,我曾無有閭裏之聞,窮巷之知者何?彼並身而立節,我誕謾而悠忽。
新字:昔晉平公令官為鍾。鍾成,而示師曠。師曠曰:「鍾音不調。」平公曰:「寡人以示工,工皆以為調。而以為不調,何也?」師曠曰:「使後世無知音者則已,若有知音者,必知鍾之不調。」故師曠之欲善調鍾也,以為後之有知音者也。三代与我同行,五伯与我斉智,彼独有聖智之実,我曽無有閭裏之聞,窮巷之知者何?彼並身而立節,我誕謾而悠忽。
書き下し
昔 晉の平公 官をして鍾を爲らしむ。鍾 成りて、師曠に示す。師曠曰く「鍾の音 調わず」と。平公曰く「寡人 以て工に示すに、工 皆な以て調うと爲す。而るに以て調わずと爲すは、何ぞや」と。師曠曰く「後世をして音を知る者無からしめば則ち已む。若し音を知る者有らば、必ず鍾の調わざるを知らん」と。故に師曠の善く鍾を調えんと欲するは、以て後の音を知る者有るが爲なり。三代 我と行を同じくし、五伯 我と智を齊しくす。彼 獨り聖智の實有りて、我 曾て閭裏の聞、窮巷の知有る無き者は何ぞ。彼は身を並べて節を立て、我は誕謾にして悠忽なればなり。
現代語訳
昔、晋の平公が役人に鐘を作らせた。鐘ができて、師曠に見せた。師曠は「鐘の音が調っていません」と言った。平公は言った。「職人に見せたら、職人はみな調っていると言った。それを調っていないと言うのはなぜか」。師曠は言った。「後の世に音の分かる者がいないのなら、それまでです。もし音の分かる者がいれば、必ずこの鐘が調っていないと分かります」。師曠が鐘をきちんと調えたかったのは、後の世に音の分かる者がいるからである。三代の聖王も我々と同じ行いをし、五覇も我々と同じ知恵を持っていた。それなのに彼らだけが聖知の実を挙げ、我々には村里の評判も路地裏の知恵もないのはなぜか。彼らは身を並べて節を立て、我々は大言を吐いてぼんやり過ごしているからである。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
-
易経・彖伝「節(せつ)は亨(とお)る」。剛柔分かれて剛は中を得たり。「苦節(くせつ)は貞(てい)にすべからず」とは、其の道窮(きわ)まればなり。説(よろこ)びて以て險(けん)を行き、位に當(あ)たりて以て節し、中正にして以て通ず。天地節して四時(しじ)成る。節するに制度を以てすれば、財を傷(そこな)わず、民を害せず。
-
論語・衛霊公篇子曰く、由、徳を知る者は鮮なし。
-
風姿花伝・第七 別紙口伝一、こまかなる口伝にいはく、音曲、舞、はたらき、振、風情、これまた同じ心なり。これいつもの風情音曲なれば、さやうにぞあらんずらんと人の思ひなれたるところを、さのみに住せずして、心根に同じ振ながらも、もとよりはかるがると風体を嗜み、いつもの音曲なれども、なほ故実をめぐらして曲を彩り、声色を嗜みて、わが心にも今ほどに執することなしと大事にして、このわざをすれば、見聞く人常よりもなほおもしろしなど、批判にあふことあり。これは見聞く人の為、めづらしき心にあらずや。然れば、同じ音曲風情をするとも、上手のしたらんは別におもしろかるべし。下手はもとよりならひおぼえつる節博士の分なれば、めづらしき思ひなし。上手と申すは、同じ節かかりなれども曲を心得たり。曲といふは節のうへの花なり。同じ上手同じ花のうちにても、無上の公案をきはめたらんは、なほかつ花を知るべし。凡そ音曲にも、節は定まれる形木、曲は上手の物なり。舞にも、手は習へる形木、品かかりは上手の物なり。
-
孫子・勢篇激水の疾くして石を漂わすに至る者は、勢なり。鷙鳥の疾くして毀折に至る者は、節なり。故に善く戦う者は、其の勢は険にして、其の節は短し。
-
易経・象伝澤上に水有るは節なり、君子は以て數度を制し、德行を議す。
-
『宋名臣言行録』前集巻六・陳堯佐公、官に居りて妄りに進取せず。太常丞と為ること十三年、遷らず。起居郎と為ること七年、遷らず。錢塘の堤を議せしより、丁謂の絀くる所と為る。後、丁益々事を用い、威福を専らにす。故人の子弟、公の外に乆しきを以て、多く勉むるに進取を以てす。公曰く、唯だ乆しくして然る後に吾が守を見ると。是くの如きこと十五年。今の天子即位し、謂敗る。公乃ち召用せらる。