新序 / 雜事第二
昔者,鄒忌以皷琴見齊宣王,宣王善之。鄒忌曰:「夫琴所以象政也。」遂為王言琴之象政狀及霸王之事。宣王大悦,與語三日,遂拜以為相。齊有稷下先生,喜議政事,鄒忌既為齊相,稷下先生淳于髠之屬七十二人,皆輕忌,以謂設以辭,鄒忌不能及。乃相與俱往見鄒忌。
新字:昔者,鄒忌以鼓琴見斉宣王,宣王善之。鄒忌曰:「夫琴所以象政也。」遂為王言琴之象政状及覇王之事。宣王大悦,与語三日,遂拝以為相。斉有稷下先生,喜議政事,鄒忌既為斉相,稷下先生淳于髠之属七十二人,皆軽忌,以謂設以辞,鄒忌不能及。乃相与倶往見鄒忌。
書き下し
昔者、鄒忌琴を鼓するを以て齊の宣王に見ゆ。宣王之を善しとす。鄒忌曰く、夫れ琴は政に象る所以なり、と。遂に王の爲に琴の政に象る狀及び霸王の事を言う。宣王大いに悦び、與に語ること三日、遂に拜して以て相と爲す。齊に稷下の先生有り、政事を議するを喜ぶ。鄒忌既に齊の相と爲る。稷下の先生淳于髡の屬七十二人、皆な忌を輕んじ、以謂えらく設くるに辭を以てせば、鄒忌及ぶ能わじ、と。乃ち相與に俱に往きて鄒忌に見ゆ。
現代語訳
昔、鄒忌は琴を弾いて斉の宣王に謁見した。宣王はこれをよしとした。鄒忌は言った。「そもそも琴は、政をかたどるものです」。そこで王のために、琴が政をかたどるさまと、覇者・王者の事跡を語った。宣王は大いに悦び、三日語り合って、ついに任じて宰相とした。斉には稷下の先生たちがいて、政事を論じるのを好んでいた。鄒忌が斉の宰相となった。稷下の先生である淳于髡ら七十二人は、みな鄒忌を軽んじ、言葉で仕掛ければ鄒忌は及ぶまい、と考えた。そこで連れ立って一緒に鄒忌に会いに行った。
解説
楽人として召された人が、三日で宰相になった話の入口です。転機は一言でした。そもそも琴は、政をかたどるものです。演奏の腕を売り込まず、演奏を政の話へ橋渡ししています。呼ばれた用件の外へ、自分から出た形です。そして後半の伏線が置かれます。学者たちが黙っていませんでした。言葉で仕掛ければ鄒忌は及ぶまい。七十二人が連れ立ってやって来る、というところで章が切れます。
この章句が説くこと
鄒忌琴を鼓するを以て斉の宣王に見ゆ夫れ琴は政に象る所以なり宣王大いに悦び与に語ること三日遂に拝して以て相と為す稷下の先生淳于髡の属七十二人皆な忌を軽んず転機話題
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