群書治要 / 『群書治要』漢書・後継者は早く教え側近を選ぶ
鄙諺曰:不習為吏、視已成事。又曰:前車覆、後車誡、夫三代之所以長久者、其已事可知也。夫存亡之變、治亂之機、其要在是矣。夫天下之命、懸於太子、太子之善、在於早諭教與選左右、夫心未濫而先諭教、則化易成也。開於道術智誼之指、則教之力也。若其服習積貫、則左右而已。臣故曰:選左右早諭教最急、夫教得而左右正、則太子正矣。太子正、而天下定矣。
新字:鄙諺曰:不習為吏、視已成事。又曰:前車覆、後車誡、夫三代之所以長久者、其已事可知也。夫存亡之変、治乱之機、其要在是矣。夫天下之命、懸於太子、太子之善、在於早諭教与選左右、夫心未濫而先諭教、則化易成也。開於道術智誼之指、則教之力也。若其服習積貫、則左右而已。臣故曰:選左右早諭教最急、夫教得而左右正、則太子正矣。太子正、而天下定矣。
書き下し
鄙諺に曰く、吏たることを習わざれば、已に成れる事を視よ、と。又曰く、前車覆れば、後車誡む、と。夫れ三代の長久なる所以の者は、其の已事知る可し。夫れ存亡の変、治乱の機、其の要は是に在り。夫れ天下の命は、太子に懸り、太子の善は、早く諭教すると左右を選ぶとに在り。夫れ心未だ濫れざるに先ず諭教すれば、則ち化成り易し。道術智誼の指に開くは、則ち教えの力なり。其の服習積貫の若きは、則ち左右のみ。臣故に曰く、左右を選び早く諭教するを最も急と為す、と。夫れ教え得て左右正しければ、則ち太子正し。太子正しくして、天下定まる。
現代語訳
卑俗な諺に、役人のつとめを習っていないなら、すでにできあがった事例を見よ、とあります。また、前の車が覆れば後ろの車は戒める、とも言います。三代が長く続いた理由は、すでに過ぎた事例から知ることができます。存亡の変化、治乱の分かれ目、その要はここにあります。天下の命運は太子にかかっており、太子が善くなるかどうかは、早く教え諭すことと側近を選ぶことにあります。心がまだ乱れないうちに先に教え諭せば、感化は成り立ちやすいのです。道術や知恵や道義の旨を開き示すのは、教えの力です。身につけて積み重ねる習慣については、側近しだいです。ですから私は、側近を選び早く教え諭すことが最も急務だと申します。教えが行き届いて側近が正しければ、太子は正しくなります。太子が正しくなれば、天下は定まるのです。
解説

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『新書』保傅鄙諺に曰く、「習わざれば吏と為り、而して己事を視よ」と。又曰く、「前車覆れば後車戒む」と。夫れ殷周の長久なる所以は、其の己事知る可きなり。然れども従う能わざるは、是れ聖智に法らざるなり。秦の亟かに絶えし所以は、其の軌迹見る可きなり。然れども避けざるは、是れ後車又覆るなり。夫れ存亡の反、治乱の機、其の要は是に在り。天下の命、太子に縣かる。太子の善は、蚤く諭教し左右を選ぶに在り。心未だ濫れざるに先ず諭教すれば、則ち化成り易きなり。夫れ道術に開け、義理の指を知るは、則ち教えの功なり。若し其の服習積貫は、則ち左右のみ。夫れ胡越の人、生まれて声を同じくし、嗜慾異ならず、其の長じて俗を成すに及べば、数訳を累ぬるも相通ずる能わず、行いに死すと雖も相為さざる有る者は、則ち教習の然らしむるなり。臣故に曰く、「左右を選び、蚤く諭教するは最も急なり」と。夫れ教え得て左右正しければ、則ち太子正し、太子正しくして天下定まる。書に曰く、「一人慶有れば、兆民之に頼る」と。此れ時務なり。
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『和俗童子訓』巻之一・総論上必、邪佞利口の人を近づくべからず。かやうの人、甚人の子をそこなふものなり。又邪悪の人にあらざれども、文盲にて学問をきらふ人は、よき事を知らで、幼少なる子の志をそこなふ。左右の人正しからざれば、父の諫、師の教行はれず。心にかなひたるとて、子の害になる人を近づくべからず。賈誼が詞に、太子をよくするは、早く教ふると、左右をえらぶにありといへり。是古今の名言なり。
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貞観政要・尊敬師傅臣聞く、四方を郊迎するは、孟侯の徳を成す所以なり。学に齒して三たび譲るは、元良の是に由りて貞を作す。斯れ皆な主祀の尊を屈し、下交の義を申(の)ぶ。故に芻言も咸な薦むるを得、睿問も旁く通ず。軒庭を出でずして、坐して天壌を知る。茲の道に率由し、永く鴻基を固くする者なり。生まれて深宮の中に在り、長じて婦人の手に在るが若きに至りては、未だ曾て憂懼を識らず、風雅を暁(さと)る由無し。復た神機測られず、天縦の生知なりと雖も、而も物を開き務を成すは、終に外の獎(すす)めに由る。夫の彼の干籥を崇び、茲の謡頌を聴くに匪(あら)ずんば、何を以て庶類を辨章し、彜倫を甄覈(けんかく)せんや。歴(あまね)く聖賢を考うるに、咸な玉を琢くに資る。是の故に周の儲は上哲なるも、望・奭を師として裕(ゆたか)さを加う。漢の嗣は深仁なるも、園・綺を引きて徳を昭らかにす。原(たず)ぬるに夫れ太子は、宗祧の是れ係る所なり。善悪の際、興亡斯に在り。始めに勤めずんば、将に終わりに悔いん。是を以て晁錯は書を上りて、政術に通ぜしめんとす。賈誼は策を献じて、礼教を知るに務む。窃かに惟うに、皇太子は玉裕挺生し、金声夙に振るう。明允篤誠の美、孝友仁義の方、皆な天姿より挺(ぬき)んず。審諭を労するに非ず。固より華夷は徳を仰ぎ、翔泳も風を希(ねが)う。然らば則ち寝門に膳を視るは、已に三朝に表る。芸宮に道を論ずるは、宜しく四術に弘むべし。春秋に富むと雖も、躬を飭(つつし)むこと漸有り。実に恐る、歳月は往き易く、業を墮ちて譏りを興し、適を晏安に取ること、此より始まらんことを。臣は愚短を以て、幸いに侍従に参ず。儲明を広めんことを思い、暫く聞徹せんことを願う。敢えて曲げて故事を陳べず。切に請う、聖徳を以て之を言わん。
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『中朝事実』禮儀章・世子の建立と薫陶の総論愚竊かに按ずるに、父母有れば必ず子有り。子以て嗣ぎ、孫以て承け、連綿として萬世に引き及ぶは、人倫の大綱なり。子に嫡有り長有り、賢愚有り。嫡を貴ぶは、宗族姓氏の由りて明らかなる所、后妃・適媵の配する所なればなり。長を用ゐるは、天倫の序に順ひ、長幼の道を正すなり。賢を用ゐるは、其の器以て之に任ずるに堪ふるなり。故に嫡庶を以てすれば則ち嫡に在り、長幼を以てすれば則ち長に在り、其の德其の智以て之を覆ふべければ則ち賢を用ゐる。是れ子を立つるの常禮なり。國家の世子、任ずる所既に重く、率ゐる所既に衆し。況んや天下の太子をや。然れば乃ち建立の禮、苟もすべからず。是れ往古の神聖、或いは生まれ或いは及び、或いは長を措き或いは智を撰ぶ。必ずしも常禮を專らにせざる所以なり。夫れ皇太子は、天下の重職を受け、億兆の君師と爲り、安危治亂一に之に歸す。其の高明なる、其の寬悠なる、其の博厚なる、共に畜へて而る後に三器の任に堪ふべし。抑も其の人を撰ばんと欲すれば、則ち蚤く建つるの定め無し。蚤く其の計を欲すれば、則ち君父も亦其の終りを知るべからず。故に蚤く嫡長の序を立てて國本を定め、而して諭敎相持し、扶翼以て正すは、建儲の大禮と謂ふべきなり。凡そ上智と下愚とは移すべからず、而も亦得易からず。多くは唯だ中人のみ。中人の才は、必ず慣習薰陶する所に由りて、其の氣質を變ず。建儲して諭敎を盡くさざれば、則ち宴安に錯き、深窓に冊し、其の志を蕩し、其の質を愚にする所以にして、君德を成すの道に非ず。豈に是れ子子の謂ならんや。未だ此の如くにして治平の實を知る者有らず。之を敎へ之を諭すは、孩提有識の時に在り。是に於て左右を選び、師傅を置き、言行日に與に化し、風俗月に與に移る。其の入ること既に深く、其の習ふこと既に積もれば、則ち其の知其の德大成す。我其の然る所以を知らず。是れ諭敎の實なり。人皆天質の賢愚を用ゐるを知りて、諭敎の氣質を變ずるを知らず。故に開悟啓廸の戒めを致さず、其の惡を知りて以て之を懲らすべきも、幼孩漸洽の訓を知らずして、其の惡を見て始めて敎戒功諫す。譬へば木の初めて生ずる、鳥の卵を出づるが如し。其の養習全く此の間に在り。既に把るべく、既に翔るべければ、則ち習を矯むること竟に功無し。況んや人の知有りて、惡習に薰涵するをや。何ぞ諭敎を容受するの地有らんや。然れば乃ち建立諭敎、各々其の道を致さざれば、則ち名有りて實無く、終に父子天倫を失ひ、危亡に陷る。其の幾は唯だ其の初めに在るのみ。
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貞観政要・規諫太子臣聞く、皇子の学に入りて胄を齒(よわい)すと称するは、太子をして君臣・父子・尊卑・長幼の道を知らしめんと欲すればなり。然らば則ち君臣の義、父子の親、尊卑の序、長幼の節は、之を方寸の内に用い、之を四海の外に弘むる者は、皆な行いに因りて以て遠く聞こえ、言を仮りて以て光被す。伏して惟うに殿下は、睿質已に隆し。尚お須らく学文して以て其の表を飾るべし。窃かに見るに孔穎達・趙弘智等は、惟だ宿徳の鴻儒なるのみに非ず、亦た兼ねて政要に達す。望むらくは数々侍講を得しめ、物理を開釈し、古を覧て今を論じ、睿徳を増輝せしめよ。騎射畋游、酣歌妓玩の如きに至りては、苟も耳目を悦ばすも、終に心神を穢す。漸染既に久しければ、必ず情性を移す。古人に言有り、「心は万事の主為り。動きて節無くんば即ち乱る」と。恐らくは殿下の徳を敗るの源は、此に在らんか。
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貞観政要・規諫太子臣聞く、皇天に親無し。惟だ徳のみ是れ輔く。苟も天道に違わば、人神同じく棄つ。然れども古の三駆の礼は、殺を教うるを欲するに非ず。将に百姓の為に害を除かんとす。故に湯は一面を羅(あみ)し、天下は仁に帰す。今、苑内の娯猟は、名は游畋に異なりと雖も、若し之を行いて恒無くんば、終に雅度を虧かん。且つ傅説曰く、「学びて古を師とせずんば、説の聞く攸(ところ)に匪ず」と。然らば則ち道を弘むるは古を学ぶに在り。古を学ぶは必ず師訓に資る。既に恩詔を奉じ、孔穎達をして侍講せしむ。望むらくは数々顧問を存し、以て万一を補え。仍お博く名行有る学士を選び、兼ねて朝夕に侍奉せしめよ。聖人の遺教を覧、既往の行事を察せば、日に其の足らざる所を知り、月に其の能くする所を忘るる無し。此れ則ち尽く善く尽く美なり。夏の啓・周の誦も焉(いず)くんぞ言うに足らんや。夫れ人上と為る者、未だ其の善を求めざる有らず。但だ性は情に勝たず、耽惑して乱を成すを以てなり。耽惑既に甚だしければ、忠言は尽く塞がる。所以に臣下は苟も順い、君道は漸く虧く。古人に言有り、「小悪を以て去らずということ勿かれ。小善を以て為さずということ勿かれ」と。故に知る、禍福の来たるは、皆な漸より起こるを。殿下は地は儲貳に居る。当に須らく広く嘉猷を樹つべし。既に好畋の淫有らば、何を以て斯の匕鬯を主らんや。終わりを慎むこと始めの如くするも、猶お漸く衰えんことを恐る。始めすら尚お慎まずんば、終わり将た安くんぞ保たん。