中朝事実 / 禮儀章・世子の建立と薫陶の総論
愚竊按。有父母必有子。子以嗣。孫以承。連綿引及萬世者。人倫之大綱也。子有嫡有長有賢愚。貴嫡者。正宗族姓氏之所由明。后妃適媵之所配也。用長者。順天倫之序。正長幼之道也。用賢者。其器堪以任之也。故以嫡庶。則在嫡。以長幼。則在長。其德其智可以覆之。則用賢。是立子之常禮也。國家之世子。所其任旣重。所其率旣衆。況天下之太子乎。然乃建立之禮不可苟。是往古神聖或生或及。或措長或撰智。所以不必專常禮也。夫皇太子者。受天下之重職。爲億兆之君師。安危治亂一歸之。其高明也。其寬悠也。其博厚也。共畜而後可堪三器之任。抑欲撰其人。則無蚤建之定。欲蚤其計。則君父亦不可知其終。故蚤立嫡長之序。定國本。而諭敎相持。扶翼以正。可謂建儲之大禮也。凡上智與下愚不可移。而亦不易得。多唯中人而已。中人之才。必由所慣習薰陶。變其氣質。建儲而不盡於諭敎。則錯諸宴安。冊諸深窓。所以蕩其志。愚其質。而非成君德之道。豈是子子之謂乎。未有如此而知治平之實者矣。敎之諭之。在孩提有識之時。於此選左右。置師傅。言行日與之化。風俗月與之移。所其入旣深。所其習旣積。則其知其德大成。我不知所以其然。是諭敎之實也。人皆知用天質之賢愚。不知諭敎之變氣質也。故不致開悟啓廸之戒。知其惡可以懲之。不知幼孩漸洽之訓。而見其惡始敎戒功諫。譬如木之初生。鳥之出卵。其養習全在此間。旣可把。旣可翔。則矯習竟無功。況人之有知。而薰涵于惡習。何有容受於諭敎之地乎。然乃建立諭敎。各不致其道。則有名而無實。終至父子失天倫。陷危亡。其幾唯在其初而已矣。
新字:愚窃按。有父母必有子。子以嗣。孫以承。連綿引及万世者。人倫之大綱也。子有嫡有長有賢愚。貴嫡者。正宗族姓氏之所由明。后妃適媵之所配也。用長者。順天倫之序。正長幼之道也。用賢者。其器堪以任之也。故以嫡庶。則在嫡。以長幼。則在長。其徳其智可以覆之。則用賢。是立子之常礼也。国家之世子。所其任既重。所其率既衆。況天下之太子乎。然乃建立之礼不可苟。是往古神聖或生或及。或措長或撰智。所以不必専常礼也。夫皇太子者。受天下之重職。為億兆之君師。安危治乱一帰之。其高明也。其寛悠也。其博厚也。共畜而後可堪三器之任。抑欲撰其人。則無蚤建之定。欲蚤其計。則君父亦不可知其終。故蚤立嫡長之序。定国本。而諭教相持。扶翼以正。可謂建儲之大礼也。凡上智与下愚不可移。而亦不易得。多唯中人而已。中人之才。必由所慣習薫陶。変其気質。建儲而不尽於諭教。則錯諸宴安。冊諸深窓。所以蕩其志。愚其質。而非成君徳之道。豈是子子之謂乎。未有如此而知治平之実者矣。教之諭之。在孩提有識之時。於此選左右。置師傅。言行日与之化。風俗月与之移。所其入既深。所其習既積。則其知其徳大成。我不知所以其然。是諭教之実也。人皆知用天質之賢愚。不知諭教之変気質也。故不致開悟啓廸之戒。知其悪可以懲之。不知幼孩漸洽之訓。而見其悪始教戒功諫。譬如木之初生。鳥之出卵。其養習全在此間。既可把。既可翔。則矯習竟無功。況人之有知。而薫涵于悪習。何有容受於諭教之地乎。然乃建立諭教。各不致其道。則有名而無実。終至父子失天倫。陥危亡。其幾唯在其初而已矣。
書き下し
愚竊かに按ずるに、父母有れば必ず子有り。子以て嗣ぎ、孫以て承け、連綿として萬世に引き及ぶは、人倫の大綱なり。子に嫡有り長有り、賢愚有り。嫡を貴ぶは、宗族姓氏の由りて明らかなる所、后妃・適媵の配する所なればなり。長を用ゐるは、天倫の序に順ひ、長幼の道を正すなり。賢を用ゐるは、其の器以て之に任ずるに堪ふるなり。故に嫡庶を以てすれば則ち嫡に在り、長幼を以てすれば則ち長に在り、其の德其の智以て之を覆ふべければ則ち賢を用ゐる。是れ子を立つるの常禮なり。國家の世子、任ずる所既に重く、率ゐる所既に衆し。況んや天下の太子をや。然れば乃ち建立の禮、苟もすべからず。是れ往古の神聖、或いは生まれ或いは及び、或いは長を措き或いは智を撰ぶ。必ずしも常禮を專らにせざる所以なり。夫れ皇太子は、天下の重職を受け、億兆の君師と爲り、安危治亂一に之に歸す。其の高明なる、其の寬悠なる、其の博厚なる、共に畜へて而る後に三器の任に堪ふべし。抑も其の人を撰ばんと欲すれば、則ち蚤く建つるの定め無し。蚤く其の計を欲すれば、則ち君父も亦其の終りを知るべからず。故に蚤く嫡長の序を立てて國本を定め、而して諭敎相持し、扶翼以て正すは、建儲の大禮と謂ふべきなり。凡そ上智と下愚とは移すべからず、而も亦得易からず。多くは唯だ中人のみ。中人の才は、必ず慣習薰陶する所に由りて、其の氣質を變ず。建儲して諭敎を盡くさざれば、則ち宴安に錯き、深窓に冊し、其の志を蕩し、其の質を愚にする所以にして、君德を成すの道に非ず。豈に是れ子子の謂ならんや。未だ此の如くにして治平の實を知る者有らず。之を敎へ之を諭すは、孩提有識の時に在り。是に於て左右を選び、師傅を置き、言行日に與に化し、風俗月に與に移る。其の入ること既に深く、其の習ふこと既に積もれば、則ち其の知其の德大成す。我其の然る所以を知らず。是れ諭敎の實なり。人皆天質の賢愚を用ゐるを知りて、諭敎の氣質を變ずるを知らず。故に開悟啓廸の戒めを致さず、其の惡を知りて以て之を懲らすべきも、幼孩漸洽の訓を知らずして、其の惡を見て始めて敎戒功諫す。譬へば木の初めて生ずる、鳥の卵を出づるが如し。其の養習全く此の間に在り。既に把るべく、既に翔るべければ、則ち習を矯むること竟に功無し。況んや人の知有りて、惡習に薰涵するをや。何ぞ諭敎を容受するの地有らんや。然れば乃ち建立諭敎、各々其の道を致さざれば、則ち名有りて實無く、終に父子天倫を失ひ、危亡に陷る。其の幾は唯だ其の初めに在るのみ。
現代語訳
私(素行)がひそかに考えるに、父母があれば必ず子がある。子が嗣ぎ、孫が承け、連綿として万世に及ぶのは、人倫の大綱である。子には嫡子があり長子があり、賢い者と愚かな者がある。嫡を貴ぶのは、宗族と姓氏の由来が明らかになり、后妃と媵妾の別が定まるからである。長を用いるのは、天の定めた序に従い、長幼の道を正すからである。賢を用いるのは、その器がその任に堪えるからである。だから嫡庶で決めれば嫡に、長幼で決めれば長に、徳や智がそれを覆うほど優れていれば賢を用いる。これが子を立てる常礼である。一国の世子でも、任は重く、率いる者も多い。まして天下の太子はなおさらである。したがって立てる礼を軽んじてはならない。昔の神聖が、生まれた順に従い、あるいは長を措いて智を選んだのは、必ずしも常礼にだけよらなかったからである。皇太子は天下の重職を受け、億兆の君であり師となり、安危治乱はすべてそこに帰する。その高明さ、寛やかさ、博く厚いことをそなえて、はじめて三器(三種の神器)の任に堪えられる。しかしその人を選ぼうとすれば、早く立てる定めがなくなる。早く立てようとすれば、君父もその結末を知ることはできない。だから早く嫡長の序を立てて国本を定め、諭教で支え、補佐して正すのが、立太子の大礼といえる。上智と下愚は変えられず、またそれは得がたい。多くはただ中人である。中人の才は、慣れ習う薫陶によって気質が変わる。立太子しても諭教を尽くさなければ、安逸に置き、深窓に閉じ込め、その志を損ない、その質を愚かにすることになり、君徳を成す道ではない。それがどうして子としての子というものであろうか。このようで治平の実を知る者はいない。教え諭すのは、幼児に知恵がつく頃にある。そこで側近を選び、師傅を置き、言行は日々それとともに化し、風俗は月々それとともに移る。身に入ること深く、習うことが積もれば、その知とその徳は大いに成る。自分でも何故そうなるかは分からない。これが諭教の実である。人は皆、生まれつきの賢愚を用いることは知っているが、諭教が気質を変えることを知らない。だから悟りを開く戒めを尽くさず、その悪を知って懲らすことはできても、幼児に徐々に染み込ませる教えを知らず、悪を見てはじめて教え戒め諫める。たとえば木が芽生えたばかり、鳥が卵から出たばかりのようなものである。その養いと習いはまさにこの時期にある。すでに手でつかめるほど、飛べるほどに育てば、習いを矯めようとしても成果はない。まして人に知恵がついてから悪習に染まるのでは、諭教を受け入れる余地があろうか。したがって立てることと諭教のどちらも道を尽くさなければ、名ばかりで実がなく、ついに父子の天倫を失い、危亡に陥る。その兆しはただ初めにある。
解説

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『中朝事実』禮儀章・皇太子を立てる礼と諭教の記述神武帝四十有二年春正月壬子朔甲寅、皇子神渟名川耳尊を立てて皇太子と爲す。 謹んで按ずるに、是れ皇太子を立つるの始めなり。蓋し太子を建つるは、國の本を定め、宗廟社稷を重んずる所以なり。凡そ子を立つるは必ず長を以てす。是れ禮の恒なり。然れども時に治亂・屯蒙・承久有り、地に新故・大小有り、人に賢知・愚不肖有り。故に愼思明辨して、以て其の道を致すは、人君の德に在り。帝始めて中州を定め、皇極を建つ。其の間未だ嘗て强悍不律の賊無くんばあらず。信に是れ屯難の時、其の建立愼まざるべけんや。太子は帝の第三子なり。而して風姿歧嶷、少くして雄拔の氣有り。子は父の如くならざるを見る。竟に立てて皇太子と爲す。建立の禮一たび行はれ、天下の大本定まる。是れより連綿として、建儲の儀成る。於乎、懿なるかな。 崇神帝四十八年春正月己卯朔戊子、天皇、豐城命・活目尊に勅して曰く、「汝等二子、慈愛共に齊し。孰れを嗣と爲すかを知らず。各々夢みよ。朕、夢を以て之を占はん」と。二皇子是に命を被り、淨め沐ひて祈りて寐ぬ。各々夢を得たり。會明、兄豐城命、夢の辭を以て天皇に奏して曰く、「自ら御諸山に登り、東に向ひて八廻槍を弄し、八廻刀を擊つ」と。弟活目尊、夢の辭を以て奏言す、「自ら御諸山の嶺に登り、繩を四方に組み、粟を食む雀を逐ふ」と。則ち天皇、夢を相て、二子に謂ひて曰く、「兄は則ち一片に東に向ふ。當に東國を治むべし。弟は是れ悉く四方に臨む。宜しく朕が位を繼ぐべし」と。四月戊申朔丙寅、活目尊を立てて皇太子と爲す。豐城命を以て東を治めしむ。是れ上毛野君・下毛野君の始祖なり。 謹んで按ずるに、建儲の禮は、天下の大本なり。今、夢の所を以て其の計を定むるは、後世疑擬無くんばあらず。此の時古を去ること未だ遠からず、人心朴素にして、誠信感通す。故に此の議有り。二王子も亦之を肯んず。終に永く帝詔を承けて貳つならず。是れ帝の聖德なり。王子の渾厚なり。後世の似效すべき所に非ず。蓋し帝位は大寶なり。人誰か欲せざらん。況んや皇子をや。故に建立の禮は蚤く定むるを貴ぶ。蚤く定めざれば、則ち嫡庶の分明らかならず。或いは智を以て之を求め、功を立てて之を欲し、力を以て之を爭ふ。古今宗室の天秩を亂すこと、由らざる無し。其の禮蚤く定まれば、則ち衆望絶えて天下の勢ひ定まり、宗室の分極まりて王家以て固し。人君豈に忽にすべけんや。 應神帝十五年秋八月壬戌朔丁卯、百濟王、阿直岐を遣はして良馬を貢ぐ。阿直岐能く經典を讀む。卽ち太子菟道稚郞子、師とす。是に天皇、阿直岐に問ひて曰く、「汝に勝る博士、亦有りや」と。對へて曰く、「王仁といふ者有り。是れ秀れたり」と。時に上毛野君の祖荒田別・巫別を百濟に遣はし、仍りて王仁を徵す。十六年春二月、王仁來る。則ち太子菟道稚郞子、之を師とし、諸典籍を王仁に習ひ、通達せずといふこと莫し。 謹んで按ずるに、是れ太子諭敎の禮なり。此の時稚郞子未だ皇太子の命有らず。然れども帝既に建儲の計を衷に定む。故に此の諭敎有るなり。蓋し諭敎の禮豫め定まれば、則ち其の薰陶正しく明らかにして、氣質を變化す。其の師・傅・保に由らずして、以て其の實を得べからず。太子は聰明にして、天資謙讓、而も又雄武の俊才有り。能く中國の事物に熟し、兼ねて外朝の經籍に通ず。其の啓廸開悟、習貫ること自然の如し。故に表狀無禮を以て、高麗の使を責め、大寶を仁德帝に讓り、昆を上にし季を下にするは、聖君にして愚臣の常典なり。其の豪英なること、其の脫落なること、皆敎諭の得るに繫る。萬世之に法りて師を立て、傅保を置き、太子家令の官と爲す。愼まざるべけんや。竊かに按ずるに、敎諭の道、多く外朝の書籍を以て事と爲すは、是れ後世の訛りなり。中國古今天下の興廢治亂、事物の制度、人民の禮儀、文獻に載せ在り。然れば乃ち日用言行脩改の暇に、詳らかに其の道を致し、其の古を鑒み、而る後に外朝の經傳に及び、以て其の知識を廣め、其の事迹を證し、斟酌用捨し、有道に就きて以て之を正す。敎諭の實を得たりと謂ふべきなり。〔以上、建儲の禮を論ず。〕
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