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貞観政要 / 規諫太子

臣聞皇天無親,惟德是輔,苟違天道,人神同棄。然古三驅之禮,非欲教殺,將爲百姓除害,故湯羅一面,天下歸仁。今苑内娛獵,雖名異游畋,若行之無恒,終虧雅度。且傅說曰:「學不師古,匪說攸聞。」然則弘道在於學古,學古必資師訓。既奉恩詔,令孔穎達侍講,望數存顧問,以補萬一。仍博選有名行學士,兼朝夕侍奉。覽聖人之遺教,察既往之行事,日知其所不足,月無忘其所能。此則盡善盡美,夏啟、周誦焉足言哉!夫爲人上者,未有不求其善,但以性不勝情,耽惑成亂。耽惑既甚,忠言盡塞,所以臣下苟顺,君道漸虧。古人有言:「勿以小惡而不去,小善而不爲。」故知禍福之來,皆起於漸。殿下地居儲貳,當須廣樹嘉猷。既有好畋之淫,何以主斯匕鬯?慎終如始,猶恐漸衰,始尚不慎,終將安保!

新字:臣聞皇天無親,惟徳是輔,苟違天道,人神同棄。然古三駆之礼,非欲教殺,将為百姓除害,故湯羅一面,天下歸仁。今苑内娛猟,雖名異游畋,若行之無恒,終虧雅度。且傅説曰:「學不師古,匪説攸聞。」然則弘道在於學古,學古必資師訓。既奉恩詔,令孔穎達侍講,望数存顧問,以補万一。仍博選有名行學士,兼朝夕侍奉。覧聖人之遺教,察既往之行事,日知其所不足,月無忘其所能。此則尽善尽美,夏啟、周誦焉足言哉!夫為人上者,未有不求其善,但以性不勝情,耽惑成乱。耽惑既甚,忠言尽塞,所以臣下苟顺,君道漸虧。古人有言:「勿以小悪而不去,小善而不為。」故知禍福之来,皆起於漸。殿下地居儲貳,当須広樹嘉猷。既有好畋之淫,何以主斯匕鬯?慎終如始,猶恐漸衰,始尚不慎,終将安保!

書き下し

臣聞く、皇天に親無し。惟だ徳のみ是れ輔く。苟も天道に違わば、人神同じく棄つ。然れども古の三駆の礼は、殺を教うるを欲するに非ず。将に百姓の為に害を除かんとす。故に湯は一面を羅(あみ)し、天下は仁に帰す。今、苑内の娯猟は、名は游畋に異なりと雖も、若し之を行いて恒無くんば、終に雅度を虧かん。且つ傅説曰く、「学びて古を師とせずんば、説の聞く攸(ところ)に匪ず」と。然らば則ち道を弘むるは古を学ぶに在り。古を学ぶは必ず師訓に資る。既に恩詔を奉じ、孔穎達をして侍講せしむ。望むらくは数々顧問を存し、以て万一を補え。仍お博く名行有る学士を選び、兼ねて朝夕に侍奉せしめよ。聖人の遺教を覧、既往の行事を察せば、日に其の足らざる所を知り、月に其の能くする所を忘るる無し。此れ則ち尽く善く尽く美なり。夏の啓・周の誦も焉(いず)くんぞ言うに足らんや。夫れ人上と為る者、未だ其の善を求めざる有らず。但だ性は情に勝たず、耽惑して乱を成すを以てなり。耽惑既に甚だしければ、忠言は尽く塞がる。所以に臣下は苟も順い、君道は漸く虧く。古人に言有り、「小悪を以て去らずということ勿かれ。小善を以て為さずということ勿かれ」と。故に知る、禍福の来たるは、皆な漸より起こるを。殿下は地は儲貳に居る。当に須らく広く嘉猷を樹つべし。既に好畋の淫有らば、何を以て斯の匕鬯を主らんや。終わりを慎むこと始めの如くするも、猶お漸く衰えんことを恐る。始めすら尚お慎まずんば、終わり将た安くんぞ保たん。

現代語訳

臣はこう聞いております。天に身内はない。ただ徳ある者を助ける。もし天の道に背けば、人も神も見捨てる。しかし古の三方から追う狩りの礼は、殺すことを教えるためではありません。民のために害を除くためです。だから湯王は網を一面だけ張り、天下は仁に帰しました。今、庭園での狩りは、名は遊猟と違っても、節度なく行えば、ついに品格を欠くでしょう。それに傅説は「学んで古を師としなければ、それは聞くに値しない」と言いました。であれば、道を広めるのは古を学ぶことにあり、古を学ぶには必ず師の教えが要ります。すでにご詔勅を奉じて、孔穎達が侍講しています。願わくは、たびたび問いかけ、万分の一でも補ってください。さらに広く名声と行いある学士を選び、朝夕お側に仕えさせてください。聖人の遺した教えを読み、過去の事跡を察すれば、日々に足りないところを知り、月々に身につけたことを忘れずにいられます。これこそ善を尽くし美を尽くすことです。夏の啓や周の誦も、語るに足りません。そもそも人の上に立つ者で、善を求めない者はありません。ただ本性が情に勝てず、耽り惑って乱を成すのです。耽溺がひどくなれば、忠言はすべて塞がれます。だから臣下はいい加減に従い、君主の道は次第に欠けていく。古人に「小さな悪だからと、除かないでいるな。小さな善だからと、行わないでいるな」という言葉があります。だから禍福の到来は、みな少しずつから起こると分かります。殿下は太子の地位におられる。広く良き計を立てるべきです。狩り好きの耽溺があれば、どうして祭祀を主宰できましょう。終わりを始めのように慎んでも、なお次第に衰えることを恐れます。始めすら慎まなければ、終わりをどうして保てましょうか。

解説

「善を求めない者はいない。ただ本性が情に勝てないのだ」。この指摘が的確です。誰も、悪くなろうとして悪くなるのではありません。分かっているのに、抗えない。そして「耽溺がひどくなれば、忠言はすべて塞がれる」。耽ることの本当の害は、それ自体ではなく、忠告が届かなくなることです。

この一句を、あなたの毎日に。

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