和俗童子訓 / 巻之一・総論上
必、邪佞利口の人を近づくべからず。かやうの人、甚人の子をそこなふものなり。又邪惡の人にあらざれども、文盲にて學問をきらふ人は、よき事を知らで、幼少なる子の志をそこなふ。左右の人正しからざれば、父の諫、師の敎行はれず。心にかなひたるとて、子の害になる人を近づくべからず。賈誼が詞に、太子をよくするは、早く敎ふると、左右をえらぶにありといへり。是古今の名言なり。
新字:必、邪佞利口の人を近づくべからず。かやうの人、甚人の子をそこなふものなり。又邪悪の人にあらざれども、文盲にて学問をきらふ人は、よき事を知らで、幼少なる子の志をそこなふ。左右の人正しからざれば、父の諫、師の教行はれず。心にかなひたるとて、子の害になる人を近づくべからず。賈誼が詞に、太子をよくするは、早く教ふると、左右をえらぶにありといへり。是古今の名言なり。
書き下し
必、邪佞利口の人を近づくべからず。かやうの人、甚人の子をそこなふものなり。又邪悪の人にあらざれども、文盲にて学問をきらふ人は、よき事を知らで、幼少なる子の志をそこなふ。左右の人正しからざれば、父の諫、師の教行はれず。心にかなひたるとて、子の害になる人を近づくべからず。賈誼が詞に、太子をよくするは、早く教ふると、左右をえらぶにありといへり。是古今の名言なり。
現代語訳
必ず、口先がうまく心のよこしまな人を近づけてはなりません。このような人は、はなはだ人の子を損なうものです。また邪悪な人でなくても、文字を知らず学問を嫌う人は、よいことを知らないので、幼い子の志を損ないます。左右の人が正しくなければ、父の諫めも師の教えも行われません。気に入っているからといって、子の害になる人を近づけてはなりません。賈誼の言葉に「太子をよくするには、早く教えることと、左右の人を選ぶことにある」とあります。これは古今の名言です。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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説苑・奉使晏子將に荊に使いせんとす。荊王之を聞き、左右に謂いて曰く、「晏子は賢人なり。今方に來らんとす。之を辱めんと欲す、何を以てせん。」左右對えて曰く、「其の來るに爲り、臣請う一人を縛りて王を過りて行かしめん。」是に於て荊王晏子と立ちて語る。一人を縛る有り、王を過りて行く。王曰く、「何を爲す者ぞ。」對えて曰く、「齊人なり。」王曰く、「何の坐ぞ。」曰く、「盜に坐す。」王曰く、「齊人固より盜するか。」晏子反顧して之に曰く、「江南に橘有り、齊王人をして之を取りて江北に樹えしむるに、生じて橘と爲らず、乃ち枳と爲る。然る所以は何ぞ。其の土地之をして然らしむるなり。今齊人齊に居りて盜せず、荊に來りて盜す、土地之をして然らしむる無きを得んか。」荊王曰く、「吾子を傷つけんと欲して反りて自ら中れり。」
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論語・衛霊公篇子貢、仁を為すを問う。子曰く、「工、其の事を善くせんと欲すれば、必ず先ず其の器を利くす。是の邦に居るや、其の大夫の賢者に事え、其の士の仁者を友とす。」
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孫子・始計篇天とは、陰陽・寒暑・時制なり。
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孟子・盡心章句下孟子曰く、「君子の陳・蔡の間に戹するは、上下の交はり無ければなり。」
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孟子・滕文公章句下孟子、戴不勝に謂いて曰く、「子は子の王の善ならんことを欲するか。我明らかに子に告げん。此に楚の大夫有らんに、其の子の齊語せんことを欲すれば、則ち齊人をして諸に傅たらしめんか。楚人をして諸に傅たらしめんか。」曰く、「齊人をして之に傅たらしめん。」曰く、「一齊人之に傅たるも、衆楚人之を咻せば、雖日に撻(むちうつ)ちて其の齊たらんことを求むと雖も、得可からず。引いて之を莊嶽の間に置くこと數年ならば、日に撻ちて其の楚たらんことを求むと雖も、亦た得可からず。子、薛居州を善士と謂い、之をして王の所に居らしむ。王の所に在る者、長幼卑尊、皆薛居州ならば、王は誰と與にか不善を為さん。王の所に在る者、長幼卑尊、皆薛居州に非ざれば、王は誰と與にか善を為さん。一薛居州、獨り宋王を如何せん。」 <語釈> ○「咻」、音はキュウ、義はかまびすしくすること。○「莊嶽」、顧炎武云う、莊は是れ街の名、嶽は是れ里の名。
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『墨子』所染子墨子、染絲する者を見て歎じて言いて曰く、「蒼に染むれば則ち蒼く、黄に染むれば則ち黄なり。入るる所の者變ずれば、其の色も亦た變ず。五たび入れて已に五色と為る。故に染は慎まざる可からざるなり」と。
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