群書治要 / 『群書治要』春秋外傳國語・民を瘠せさせる美
夫美也者、上下外內小大遠邇皆無害焉。故曰美也。若於目觀則美、財用則匱、是聚民利以自封而瘠民也。胡美之為、夫君國者、將民之與處、民實瘠、君安得肥。
新字:夫美也者、上下外内小大遠邇皆無害焉。故曰美也。若於目観則美、財用則匱、是聚民利以自封而瘠民也。胡美之為、夫君国者、将民之与処、民実瘠、君安得肥。
書き下し
夫れ美なる者は、上下・外内・小大・遠邇、皆害無し。故に美と曰う。若し目に於いて観れば則ち美なるも、財用は則ち匱しきは、是れ民の利を聚めて以て自ら封じて民を瘠せしむるなり。胡ぞ美と為さんや。夫れ国に君たる者は、将に民と之れ処らんとす。民実に瘠せば、君安くんぞ肥ゆるを得ん。
現代語訳
美というものは、上下、内外、大小、遠近のどこにも害がないことをいいます。だから美と言うのです。もし目で見れば美しくても、財産や物資が乏しくなるのなら、それは民の利益を集めて自分を飾り、民を痩せ細らせるということです。どうして美と言えましょう。国に君臨する者は、民とともに暮らしているのです。民が実際に痩せ細っているのに、君主だけがどうして肥えることができるでしょうか。
解説
楚の霊王が築いた章華の台を、臣の伍挙が諫めた『国語』楚語の一節です。伍挙は、美とは上下内外の誰にも害がないことをいい、民の財を集めて自らを飾り民を痩せさせるのは美ではないと答えます。君主が民と共に居る以上、民が痩せて君だけが肥えることはできない、という論理です。霊王は後に反乱に遭い、追い詰められて命を絶ったと伝わります。立派な本社ビルや派手な設備投資が、現場の負担や社員の疲弊の上に成り立っていないか。見栄えのための投資が、組織の体力を奪っていないかを測る物差しになります。

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本の中身を見るこの章句が説くこと
章華台伍挙美民力財用国語
関連する章句
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国語・楚語上「夫れ美なる者は、上下・内外・小大・遠近皆害無し、故に美と曰う。若し目に於て観れば則ち美なるも、財用に縮めば則ち匱(とぼ)し。是れ民の利を聚めて以て自ら封(こ)やして民を瘠(や)せしむるなり、胡(なん)ぞ美と之れ為さん。夫れ国に君たる者は、将に民と之れ処らんとす。民実に瘠せなば、君安んぞ肥ゆるを得ん。且つ夫れ私欲弘侈なれば、則ち徳義鮮少なり。徳義行われざれば、則ち邇(ちか)き者は騒離して遠き者は距違す。天子の貴きや、唯だ其の公侯を以て官正と為し、伯子男を以て師旅と為すなり。其の美名有るや、唯だ其の令徳を遠近に施して、小大之に安んずるなり。若し民の利を斂めて以て其の私欲を成し、民をして蒿(こう)焉として其の安楽を忘れて遠心有らしめば、其の悪為ること甚だし。安んぞ目観を用いん。 「故に先王の台榭(だいしゃ)を為るや、榭は軍実を講ずるに過ぎず、台は氛祥を望むに過ぎず。故に榭は大卒の居に度り、台は臨観の高さに度る。其の所は穡地(しょくち)を奪わず、其の為は財用を匱しくせず、其の事は官業を煩わさず、其の日は時務を廃せず。瘠磽(せきこう)の地、是に於てか之を為り、城守の木、是に於てか之を用い、官僚の暇、是に於てか之に臨み、四時の隙、是に於てか之を成す。故に周詩に曰く、『霊台を経始し、之を経し之を営す。庶民之を攻め、日ならずして之を成す。経始亟(すみ)やかにする勿れ、庶民子のごとく来る。王霊囿(れいゆう)に在り、麀鹿(ゆうろく)攸(ところ)に伏す』と。夫れ台榭を為るは、将に以て民に利を教えんとするなり。其の以て之を匱しくするを知らず。若し君此の台を美と謂いて之を正と為さば、楚其れ殆(あや)うからん」と。
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国語・楚語上霊王章華の台を為(つく)り、伍挙と升りて曰く、「台美なるかな」と。対えて曰く、「臣聞く、国君は寵に服するを以て美と為し、民を安んずるを以て楽と為し、徳を聴くを以て聡と為し、遠きを致すを以て明と為す、と。其の土木の崇高、彤鏤(とうろう)を以て美と為し、金石匏竹(ほうちく)の昌大、囂庶(ごうしょ)を以て楽と為すを聞かず。其の観の大、視の侈、淫色を以て以て明と為し、清濁を察するを以て聡と為すを聞かず。 「先君荘王匏居(ほうきょ)の台を為る。高さは国の氛(ふん)を望むに過ぎず、大いさは宴豆を容るるに過ぎず、木は守備を妨げず、用は官府を煩わさず、民は時務を廃せず、官は朝常を易えず。誰か宴するを問えば、則ち宋公・鄭伯なり。誰か礼を相(たす)くるを問えば、則ち華元・駟騑(しひ)なり。誰か事を賛(たす)くるを問えば、則ち陳侯・蔡侯・許男・頓子にして、其の大夫之に侍す。先君是を以て乱を除き敵に克ちて、諸侯に悪まるること無し。今君此の台を為るや、国民罷(つか)れ、財用尽き、年穀敗れ、百官煩わされ、国を挙げて之に留まり、数年にして乃ち成る。諸侯と始めて升るを得んと願うも、諸侯皆距(ふせ)ぎて至る者有る無し。而る後に太宰啓疆(けいきょう)をして魯侯に請わしめ、之を懼るるに蜀の役を以てし、而して僅かに以て来るを得たり。富都那豎(ふとだじゅ)をして賛けしめ、長鬣(ちょうりょう)の士をして相けしむ。臣其の美を知らざるなり。
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『長短経』反経其の囿を作るや、以て宗廟の具に奉じ、士卒を簡び、不虞に戒む。其の衰うるに及びてや、馳騁弋猟して、以て人の時を奪う。〔囿に反するなり。斉の宣王、文王の囿の大なるを、人は以て小と為すを見て、孟子に問う。孟子曰く「周の文王の囿は方七十里、芻蕘者焉に往き、雉兔者焉に往く。人と之を同じくす。民は以て小と為す、亦た宜ならずや。臣聞く、郊関の内に、囿方四十里有り。其の麋鹿を殺す者は、人を殺すの罪の如し。民は以て大と為す、亦た宜ならずや」と。楚の霊、章華の台を為る。伍挙諫めて曰く「夫れ先王の台榭を為るや、榭は軍実を講ずるに過ぎず、台は氛祥を望むに過ぎず。其の穡地を奪わず、其の財用を匱しくせず、其の官業を煩わさず、其の日に事務を妨げず。夫れ台榭を為るは、将に以て人に利を教えんとするなり。其の以て匱乏せしむるを聞かず」と。〕
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『淮南子』泰族訓靈王 章華の台を作り、乾溪の役を發す。外內 搔動し、百姓 疲敝す。棄疾 民の怨みに乘じて公子比を立つ。百姓 臂を放ちて之を去る。乾溪に餓え、莽を食らい水を飲み、塊を枕として死す。楚國の山川 變ぜず、土地 易わらず、民性 殊ならず。昭王には則ち相い率いて之に殉じ、靈王には則ち倍畔して之を去る。民を得ると民を失うとなり。
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『管子』版法美とする所を舉ぐるには必ず其の終わる所を觀、惡む所を廢するには必ず其の窮まる所を計る。慶勉敦敬して以て之を顯し、有功を富禄して以て之を勸め、有名を爵貴して以て之を休んず。兼ね愛して遺す無き、是を君と謂う。心必ず先ず教に順えば、萬民風に鄉う。旦暮に之を利すれば、衆乃ち任に勝う。人を取るに己を以てし、事を成すに質を以てす。財を用うるを審らかにし、施報を慎み、稱量を察す。故に財を用うるに嗇なる可からず、力を用うるに苦しむ可からず。財を用うるに嗇なれば則ち費え、力を用うるに苦しめば則ち勞る。民足らざれば、令乃ち辱めらる。民苦しみ殃わば、令行われず。施報得ざれば、禍乃ち始めて昌んなり。禍昌んにして寤めざれば、民乃ち自ら圖る
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群書治要・『群書治要』魏志・倹約の強要が偽りを生む天下の大器は、位と人とに在り。一節の倹を以てす可からざるなり。倹素の中を過ぐるは、自ら以て身を処するには則ち可なるも、此れを以て物を格さば、失う所或いは多し。今、朝廷の議、吏の新衣を著け、好車に乗る者は、之を不清と謂い、形容飾らず、衣裘の獘壊せる者は、之を廉潔と謂う。士大夫をして、故に其の衣を汚辱し、其の輿服を蔵し、朝府の大吏、或いは自ら壺餐を挈げて、以て官寺に入るに至らしむ。夫れ教えを立て俗を観るには、中庸に処するを貴ぶ、継ぐ可きが為なり。今、一槪の堪え難きの行いを崇び、以て殊塗を検し、勉めて之を為せば、必ず疲瘁有り。古の大教は、務めて人情に通ずるに在り。而して凡そ激詭の行いは、則ち隠僞を容る。