群書治要 / 『群書治要』韓詩外傳・樊姫が見抜いた忠賢
楚莊王聽朝、罷晏。樊姬下堂而迎之曰:何罷之晏乎。莊王曰:今者聽忠賢之言、不知飢倦也。姬曰:王之所謂忠賢者、諸侯之客與、中國之士與。莊王曰:則沈令尹也。樊姬掩口而笑。王曰:姬之所笑者何等也。姬曰:妾得侍於王、十有一年矣。然妾未嘗不遣人求美人而進於王也。與妾同列者十人、賢於妾者二人、妾豈不欲擅王之愛、專王之寵哉。不敢以私願蔽衆美也。今沈令尹相楚數年矣。未嘗見進賢而退不肖也。又焉得為忠賢乎。莊王以樊姬之言告沈令尹、令尹進孫叔敖、叔敖治楚三年而楚國霸、樊姬之力也。
新字:楚荘王聴朝、罷晏。樊姫下堂而迎之曰:何罷之晏乎。荘王曰:今者聴忠賢之言、不知飢倦也。姫曰:王之所謂忠賢者、諸侯之客与、中国之士与。荘王曰:則沈令尹也。樊姫掩口而笑。王曰:姫之所笑者何等也。姫曰:妾得侍於王、十有一年矣。然妾未嘗不遣人求美人而進於王也。与妾同列者十人、賢於妾者二人、妾豈不欲擅王之愛、専王之寵哉。不敢以私願蔽衆美也。今沈令尹相楚数年矣。未嘗見進賢而退不肖也。又焉得為忠賢乎。荘王以樊姫之言告沈令尹、令尹進孫叔敖、叔敖治楚三年而楚国覇、樊姫之力也。
書き下し
楚の荘王、朝を聴きて罷むこと晏し。樊姫、堂を下りて之を迎えて曰く、何ぞ罷むことの晏きや、と。荘王曰く、今者、忠賢の言を聴きて、飢倦を知らざりき、と。姫曰く、王の謂う所の忠賢とは、諸侯の客か、中国の士か、と。荘王曰く、則ち沈令尹なり、と。樊姫、口を掩いて笑う。王曰く、姫の笑う所の者は何ぞや、と。姫曰く、妾、王に侍するを得て十有一年なり。然れども妾未だ嘗て人を遣わして美人を求め、王に進めずんばあらず。妾と列を同じくする者十人、妾より賢なる者二人あり。妾豈に王の愛を擅にし、王の寵を専らにするを欲せざらんや。敢えて私願を以て衆美を蔽わざるなり。今、沈令尹、楚に相たること数年なり。未だ嘗て賢を進めて不肖を退くるを見ず。又た焉くんぞ忠賢と為すを得んや、と。荘王、樊姫の言を以て沈令尹に告ぐ。令尹、孫叔敖を進む。叔敖、楚を治むること三年にして楚国覇たり。樊姫の力なり。
現代語訳
楚の荘王が朝廷の政務を終えるのが遅くなりました。樊姫は堂を下りて迎え、「どうして遅くなったのですか」と尋ねました。荘王は「忠義で賢い人の話を聞いて、飢えも疲れも忘れていた」と答えました。姫が「王のおっしゃる忠賢とは、諸侯の客人ですか、それとも中国の士ですか」と尋ねると、王は「沈令尹だ」と答えました。樊姫は口を押さえて笑いました。王が「何を笑うのか」と尋ねると、姫は言いました。「私はお側に仕えて十一年になります。その間、人を遣わして美しい女性を探し、王に差し上げなかったことはありません。私と同じ序列の者は十人で、私より賢い者が二人います。私とて王の愛情と寵愛を独り占めしたくないわけではありません。ただ私の願いで多くの美しい人を妨げたくなかったのです。今、沈令尹は楚の宰相となって数年になりますが、賢い人を推挙して愚かな者を退けたと聞いたことがありません。それでどうして忠賢と言えましょう。」荘王はこの言葉を沈令尹に告げました。令尹は孫叔敖を推挙し、叔敖が楚を治めて三年で楚は覇者となりました。樊姫の力です。
解説

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呂氏春秋・贊能③孫叔敖・沈尹莖相與に友たり。叔敖、郢に遊ぶこと三年、聲問知られず、修行聞こえず。沈尹莖、孫叔敖に謂いて曰く、「義を說きて以て聽かれ、方術信行せられ、能く人主をして上は王に至らしめ、下は霸に至らしむるは、我、子に若かざるなり。世に耦し俗に接し、義を說くこと調均にして、以て主の心に適うは、子、我に若かざるなり。子何ぞ以て歸耕せざるか。吾將に子の為に游ばんとす。」沈尹莖、郢に遊ぶこと五年。荊王、以て令尹と為さんと欲す,沈尹莖辭して曰く、「期思の鄙人に孫叔敖なる者有り。聖人なり。王必ず之を用いよ。臣は若かざるなり。」荊王、是に於て人をして王輿を以て叔敖を迎えしめて、以て令尹と為す。十二年にして莊王霸たり。此れ沈尹莖の力なり。功、賢を進むるよりも大なるは無し。
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『新序』雜事第一禹の興るや塗山を以てし、桀の亡ぶや末喜を以てす。湯の興るや有莘を以てし、紂の亡ぶや妲己を以てす。文・武の興るや任姒を以てし、幽王の亡ぶや褒姒を以てす。是を以て詩は關雎を正しとし、春秋は伯姬を褒むるなり。樊姬は楚國の夫人なり。楚の莊王朝を罷めて晏し。其の故を問う。莊王曰く、今旦賢相と語り、日の晏きを知らざるなり、と。樊姬曰く、賢相とは誰爲るや、と。王曰く、虞丘子爲り、と。樊姬口を掩いて笑う。王其の故を問う。曰く、妾幸いに巾櫛を執りて以て王に侍するを得たり。貴を專らにし愛を擅にせんと欲せざるに非ず。以爲えらく王の義を傷つけんと。故に妾と位を同じくする者を進むること數人なり。今虞丘子相と爲ること數十年、未だ嘗て一賢をも進めず。知りて進めざるは、是れ不忠なり。知らざるは、是れ不智なり。安んぞ賢爲るを得んや、と。明日朝す。王樊姬の言を以て虞丘子に告ぐ。虞丘子稽首して曰く、樊姬の言の如し、と。是に於いて位を辭して孫叔敖を進む。孫叔敖楚に相たり。莊王卒に以て霸たり。樊姬與りて力有り。
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『新序』雜事第五楚人に善く人を相する有り。言う所遺策無し。國に聞こゆ。莊王見て情を問う。對えて曰く、臣は能く人を相するに非ず。能く人の交わりを觀るなり。布衣なるは、其の交わり皆な孝悌にして、篤謹に令を畏る。此くの如き者は其の家必ず日ミ益し、身必ず日ミ安し。此れ所謂吉人なり。官もて君に事うる者は、其の交わり皆な誠信にして、善を好む有り。此くの如き者は、君に事うること日ミ益し、官職日ミ益す。此れ所謂吉士なり。主明らかに臣賢く、左右に忠多く、主に失有れば皆な敢えて分かち爭いて正諫す。此くの如き者は國日ミ安く、主日ミ尊く、天下日ミ富む。此れ之を吉主と謂う。臣は能く人を相するに非ず。能く人の交わりを觀るなり、と。莊王曰く、善し、と。是に於いて乃ち四方の士を招聘し、夙夜懈らず。遂に孫叔敖、將軍子重の屬を得て、以て卿相に備え、遂に霸功を成す。詩に曰く、濟濟たる多士、文王以て寧し、と。此の謂いなり。
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『新書』先醒昔楚の荘王即位し、自ら静かなること三年、以て得失を講じ、乃ち邪を退け忠正を進め、能者は事に任じて而る後に高位に在り、内に国政を領し、草を辟き教えを施し、百姓富み、民恒に一にして、路に遺を拾わず、国に獄訟無し。是の時に当たりて、周室壊微し、天子制を失い、宋・鄭は無道にして、諸侯を欺昧す。荘王宋を囲み鄭を伐つ。鄭伯肉袒し羊を牽き、簪を奉じて国を献ず。荘王曰く、『古の伐つ者は、乱るれば則ち之を整え、服すれば則ち之を舎く。之を利するに非ざるなり』と。遂に受けず、乃ち晋人と両棠に戦い、大いに晋人に克ち、諸侯を漢陽に会し、天子の辟禁を申べ、諸侯説服す。荘王帰り、申侯の邑に過る。申侯飯を進む。日中にして王食らわず。申侯罪を請いて曰く、『臣は斎して食を具うること甚だ潔し。日中にして飯せず。臣敢えて罪を請う』と。荘王喟然として嘆じて曰く、『子の罪に非ざるなり。吾之を聞く。曰く、其の君は賢君にして、又た師有る者は王たり。其の君は中君にして、師有る者は伯たり。其の君は下君にして、群臣又た若く莫き者は亡ぶ。今我は下君なり。而して群臣又た不穀に若く莫し。恐らくは亡有らん。吾之を聞く、世に賢を絶たず。
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