艮斎閑話抄録 / 兵を用いる本は人和にあり立花宗茂
孟子に天時不如地利、地利不如人和、とあり、唐の員半千の傳に、これを天陣地陣人陣の三陣と云、天時は註に時日支干孤虛王相の屬とあり、或は朝掛又は夜討、或は風雨昏霧に乘じ戰ふの類皆天時なり、兵法に右は山陵に倍き、前は水澤を左にし、或は要害に據、或は半渡を擊の類は皆地の利なり、天時地利の事は戰國の世に大將たちよく通曉すれども、兵を用ふるの本は人和にあると、深く心を用ひざるゆへに、孟子說れしに見へたり、誠に韜略の骨髓たるべし、立花立齋は智勇の名將にて、幼年より武勇を顯はし、朝鮮にても明の李如松の大軍を破りし武功の將なり、嘗尾州侯に至りし時、侯之を留めて其武功を賞し合戰の要務を問はれしに、方々の軍功とても何流の軍法を用ふると云儀もなし、何れも害と云所を取用、尤謀は其節に至りて敵の勢次第なり、世の一萬の兵と我の三千五千の兵と異ならず、是も軍の備方宜と云のみに非ず、常に兵士を依怙最負なく、痛く勤勞せしむるとなく、慈悲を加へ、少々の過失は其通りにいたし、國法にはづれたる者は其法に行なふのみなり、 我小國なれば俸祿とても高に應じ少々づゝ與へしなれども、常に慈悲を專にいたし愛憐するゆへ、戰に臨み皆一命を捨て力戰し吾功に成り、此外に能事は無と答へり、侯は殊に感賞し玉へり、侍臣此話を聞よき所を說れたりと大に喜ぶ、
新字:孟子に天時不如地利、地利不如人和、とあり、唐の員半千の伝に、これを天陣地陣人陣の三陣と云、天時は註に時日支干孤虚王相の属とあり、或は朝掛又は夜討、或は風雨昏霧に乗じ戦ふの類皆天時なり、兵法に右は山陵に倍き、前は水沢を左にし、或は要害に拠、或は半渡を撃の類は皆地の利なり、天時地利の事は戦国の世に大将たちよく通暁すれども、兵を用ふるの本は人和にあると、深く心を用ひざるゆへに、孟子説れしに見へたり、誠に韜略の骨髄たるべし、立花立斎は智勇の名将にて、幼年より武勇を顕はし、朝鮮にても明の李如松の大軍を破りし武功の将なり、嘗尾州侯に至りし時、侯之を留めて其武功を賞し合戦の要務を問はれしに、方々の軍功とても何流の軍法を用ふると云儀もなし、何れも害と云所を取用、尤謀は其節に至りて敵の勢次第なり、世の一万の兵と我の三千五千の兵と異ならず、是も軍の備方宜と云のみに非ず、常に兵士を依怙最負なく、痛く勤労せしむるとなく、慈悲を加へ、少々の過失は其通りにいたし、国法にはづれたる者は其法に行なふのみなり、 我小国なれば俸禄とても高に応じ少々づゝ与へしなれども、常に慈悲を専にいたし愛憐するゆへ、戦に臨み皆一命を捨て力戦し吾功に成り、此外に能事は無と答へり、侯は殊に感賞し玉へり、侍臣此話を聞よき所を説れたりと大に喜ぶ、
書き下し
孟子に天時不如地利、地利不如人和、とあり、唐の員半千の傳に、これを天陣地陣人陣の三陣と云、天時は註に時日支干孤虛王相の屬とあり、或は朝掛又は夜討、或は風雨昏霧に乘じ戰ふの類皆天時なり、兵法に右は山陵に倍き、前は水澤を左にし、或は要害に據、或は半渡を擊の類は皆地の利なり、天時地利の事は戰國の世に大將たちよく通曉すれども、兵を用ふるの本は人和にあると、深く心を用ひざるゆへに、孟子說れしに見へたり、誠に韜略の骨髓たるべし、立花立齋は智勇の名將にて、幼年より武勇を顯はし、朝鮮にても明の李如松の大軍を破りし武功の將なり、嘗尾州侯に至りし時、侯之を留めて其武功を賞し合戰の要務を問はれしに、方々の軍功とても何流の軍法を用ふると云儀もなし、何れも害と云所を取用、尤謀は其節に至りて敵の勢次第なり、世の一萬の兵と我の三千五千の兵と異ならず、是も軍の備方宜と云のみに非ず、常に兵士を依怙最負なく、痛く勤勞せしむるとなく、慈悲を加へ、少々の過失は其通りにいたし、國法にはづれたる者は其法に行なふのみなり、 我小國なれば俸祿とても高に應じ少々づゝ與へしなれども、常に慈悲を專にいたし愛憐するゆへ、戰に臨み皆一命を捨て力戰し吾功に成り、此外に能事は無と答へり、侯は殊に感賞し玉へり、侍臣此話を聞よき所を說れたりと大に喜ぶ、
現代語訳
孟子に「天の時は地の利にしかず、地の利は人の和にしかず」とあります。唐の員半千の伝では、これを天陣・地陣・人陣の三陣と言っています。天時は注に、時日・支干・孤虚・王相の類とあります。朝駆けや夜討ち、あるいは風雨や昏い霧に乗じて戦うような類は、みな天時です。兵法に、右は山陵を背にし、前は水沢を左にする、あるいは要害に拠る、川を半ば渡る敵を撃つ、といった類は、みな地の利です。天時・地利のことは戦国の世の大将たちはよく知っていましたが、兵を用いる本は人和にあるということには深く心を用いなかったので、孟子が説かれたのだと見えます。まことに兵法の骨髄というべきです。立花立斎(立花宗茂)は智勇の名将で、幼年から武勇を顕し、朝鮮でも明の李如松の大軍を破った武功の将です。かつて尾州侯(尾張藩主)のもとへ行った時、侯は彼を留めてその武功を賞し、合戦の要務を問われました。宗茂は、あちこちの軍功といっても、どの流派の軍法を用いるということもありません。どれも害になる所を避けて用い、謀は、その時になって敵の勢い次第です。世間の一万の兵と、我が三千五千の兵とは変わりません。これも軍の備え方がよいというだけではなく、常に兵士を、依怙贔屓なく、ひどく勤労させることなく、慈悲を加え、少々の過失はそのままにし、国法にはずれた者は法のとおり行うだけです。我が国は小国なので、俸禄も石高に応じて少しずつ与えているだけですが、常に慈悲を専らにして愛憐するので、戦いに臨むと皆が一命を捨てて力戦し、我が功になります。このほかによいことはありません、と答えました。侯は特に感心して賞賛されました。侍臣もこの話を聞いて、よい所を説かれたと大いに喜びました。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『武家家訓集』朝倉敏景十七箇条「追書(役人の私と他国の悪党)」一、諸沙汰在所の時、理非少しも曲げらるまじく候。もし役人わたくしも致し候由聞き及ばれ候はば、同罪に堅く申し付けらるべく候。しよちうつろをぎんみ申し候沙汰致し候へば、他国の悪党出でぬものなり。みだりがはしき所と知られ候へば、他家より手を入るるものにて候。
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『武士訓』卷三・第18段むかし晉悼公の大夫祁奚年老たりしかば。悼公祁奚にむかひて。汝が後役にたれをかなすべきやと問れしに。答て解狐しかるべしとまうす。悼公それは其方と中あしきものにあらずやとありしに。祁奚がいはく。君はわが後役によろしかるべきものを問給ふ。中あしきを問なふにあらず。是によりて解狐をさしまうすと答ふ。悼公また國の尉にはたれかしかるべからんと有しに。こたえていはく午よろしかるべし。悼公いはくそれは其方が子にあらずや。祁奚いはく。君はその役にしかるべきものを問給ふ。子を問たまふにあらず。これによりてこたえ奉ること右のごとしとまうせり。外仇讐を避ず。内親戚を避ず。至て公なりと。そのころの人感じたりとなり。今おもふに。祁奚が外仇讐を避けざるは後人まなんで可なり。内親戚を避ざるは悼公祁奚は可なり。後人まなぶに遠慮あるべし。
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『春秋左氏伝』昭公十四年 古の遺直冬十二月、蒲餘侯茲夫莒の公子意恢を殺す。郊公齊に奔る。公子鐸庚與を齊に逆ふ。齊の隰黨・公子鉏之を送り、賂田有り。晉の邢侯雍子と鄐の田を爭ひ、久しくして成る無し。士景伯楚に如き、叔魚理を攝す。韓宣子命じて舊獄を斷ぜしむ。罪雍子に在り。雍子其の女を叔魚に納る。叔魚罪を邢侯に蔽す。邢侯怒り、叔魚と雍子とを朝に殺す。宣子其の罪を叔向に問ふ。叔向曰く、「三人罪を同じくす。生けるを施し死せるを戮して可なり。雍子自ら其の罪を知りて、賂して以って直を買ふ。鮒や獄を鬻ぐ。邢侯專ら殺す。其の罪一なり。己惡しくして美を掠むるを昏と為し、貪りて以って官を敗るを墨と為し、人を殺して忘れざるを賊と為す。夏書に曰く、『昏・墨・賊は殺す』と。皋陶の刑なり。請ふ之に從はん」と。乃ち邢侯を施して、雍子と叔魚とを市に尸す。仲尼曰く、「叔向は、古の遺直なり。國を治め刑を制するに、親に隱さず。三たび叔魚の惡を數へて、末減を為さず。曰く、義なるかな、直と謂ふ可し。平丘の會に、其の賄を數へて、以って衛國を寬くし、晉暴を為さず。魯の季孫を歸すに、其の詐を稱して、以って魯國を寬くし、晉虐を為さず。邢侯の獄に、其の貪を言ひて、以って刑書を正し、晉頗を為さず。三たび言ひて三惡を除き、三利を加ふ。親を殺して榮を益す、猶ほ義なるかな」と。
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