艮斎閑話抄録 / 恐れ慎む人が発揮する本物の武勇
大學に瑟兮僩兮者恂慄也とあり、瑟僩は嚴密武毅の貌なり、恂慄は深く懼れ愼むなり、懼れ愼みある人臆病の如くにて□密武毅の强き所あり、渡那半藏は梁の王鐵槍と同じく、槍半藏と稱せられ、武勇の士なり、然し戰に臨みてけさんの鳴ほどふるひ出し、其後に敵にあたるやいなや、勇氣奮然として突戰す、越後長尾の家に蟹輪源七も敵前にはふるひ出□吐し、然して後勇氣發するなり、坂邊三四郎久世三四郎は兩三四郎と稱せられし武名高き人なり、何れの城攻にや 東照公兩士に命じ斥候に遣さる、坂邊は勇みて馳出す、久世は弱りたる風情にて退出す、側の衆皆坂邊の勇氣を稱美せり、東照公は坂邊は天性剛勇の士なり、久世は嗜の勇なり、然れども城近く往能見ん者は久世なるべしとの玉へり、果して久世は矢石を犯し坂邊よりは城近く熟察して歸れり、人皆 公の御眼力の高きを感歎せり、是等にても、武毅の恂慄より出る意見るべし、
新字:大学に瑟兮僩兮者恂慄也とあり、瑟僩は厳密武毅の貌なり、恂慄は深く懼れ慎むなり、懼れ慎みある人臆病の如くにて□密武毅の強き所あり、渡那半蔵は梁の王鉄槍と同じく、槍半蔵と称せられ、武勇の士なり、然し戦に臨みてけさんの鳴ほどふるひ出し、其後に敵にあたるやいなや、勇気奮然として突戦す、越後長尾の家に蟹輪源七も敵前にはふるひ出□吐し、然して後勇気発するなり、坂辺三四郎久世三四郎は両三四郎と称せられし武名高き人なり、何れの城攻にや 東照公両士に命じ斥候に遣さる、坂辺は勇みて馳出す、久世は弱りたる風情にて退出す、側の衆皆坂辺の勇気を称美せり、東照公は坂辺は天性剛勇の士なり、久世は嗜の勇なり、然れども城近く往能見ん者は久世なるべしとの玉へり、果して久世は矢石を犯し坂辺よりは城近く熟察して帰れり、人皆 公の御眼力の高きを感嘆せり、是等にても、武毅の恂慄より出る意見るべし、
書き下し
大學に瑟兮僩兮者恂慄也とあり、瑟僩は嚴密武毅の貌なり、恂慄は深く懼れ愼むなり、懼れ愼みある人臆病の如くにて□密武毅の强き所あり、渡那半藏は梁の王鐵槍と同じく、槍半藏と稱せられ、武勇の士なり、然し戰に臨みてけさんの鳴ほどふるひ出し、其後に敵にあたるやいなや、勇氣奮然として突戰す、越後長尾の家に蟹輪源七も敵前にはふるひ出□吐し、然して後勇氣發するなり、坂邊三四郎久世三四郎は兩三四郎と稱せられし武名高き人なり、何れの城攻にや 東照公兩士に命じ斥候に遣さる、坂邊は勇みて馳出す、久世は弱りたる風情にて退出す、側の衆皆坂邊の勇氣を稱美せり、東照公は坂邊は天性剛勇の士なり、久世は嗜の勇なり、然れども城近く往能見ん者は久世なるべしとの玉へり、果して久世は矢石を犯し坂邊よりは城近く熟察して歸れり、人皆 公の御眼力の高きを感歎せり、是等にても、武毅の恂慄より出る意見るべし、
現代語訳
大学に「瑟(しつ)たり僩(かん)たりとは恂慄(じゅんりつ)なり」とあります。瑟僩は厳しく緻密で武勇に強いさま、恂慄は深く懼れ慎むことです。懼れ慎みのある人は臆病者のように見えて、(底本で判読できない字)密で武勇に強い所があります。渡那半蔵(渡辺半蔵守綱)は、梁の王鉄槍(王彦章)と同じく槍半蔵と称され、武勇の士でした。しかし戦いに臨むと、けさんの音が鳴るほど震え出し、その後、敵に当たるやいなや、勇気が奮い立って突き進んで戦いました。越後長尾の家にいた蟹輪源七も、敵前では震え出し(底本で判読できない字)吐し、その後に勇気を発しました。坂辺三四郎と久世三四郎は両三四郎と称され、武名の高い人です。どこの城攻めであったか、東照公(徳川家康)が両士に命じて斥候に遣わされました。坂辺は勇んで駆け出し、久世は弱った様子で退出しました。側の者はみな坂辺の勇気を称賛しました。東照公は、坂辺は生まれつき剛勇の士である、久世は嗜みの勇である、しかし城の近くまで行ってよく見る者は久世だろう、と仰せになりました。果たして久世は矢石を冒して、坂辺よりも城の近くで熟察して帰りました。人々はみな、公の眼力の高さに感嘆しました。これらからも、武毅が恂慄から出ることの意味を見るべきです。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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説苑・雜言孔子曰く、「終日言いて己の憂いを遺さず、終日行いて己の患いを遺さざるは、唯だ智者のみ之有り。故に恐懼するは患いを除く所以なり、恭敬するは難きを越ゆる所以なり。終身之を為して、一言之を敗る、慎まざる可けんや」と。
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説苑・雜言孔子曰く、「高岸を観ざれば、何を以てか顛墜の患いを知らん。深淵に臨まざれば、何を以てか没溺の患いを知らん。海上を観ざれば、何を以てか風波の患いを知らん。之を失う者は其れ此に在らざらんや。士は三者を慎めば、人に累せらるる無し」と。
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『韓非子』初見秦第一且つ臣之を聞く、曰く、「戰戰栗栗として、日に一日を慎め。苟も其の道を慎まば、天下有つ可し。」
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論語・里仁篇子曰わく、約を以てこれを失う者は鮮し。
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孟子・離婁章句下孟子曰く、「以て取る可く、以て取る無かる可し。取れば廉を傷つく。以て與う可く、以て與うる無かる可し。與うれば惠を傷つく。以て死す可く、以て死する無かる可し。死すれば勇を傷つく。」
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『春秋左氏伝』隠公二年 向姜、莒を去る二年春、公戎と潛に會す、惠公の好を修むるなり。戎盟を請ふ、公辭す。莒子向に娶る、向姜莒に安んぜずして歸る。夏、莒人向に入り、姜氏を以って還る。司空無駭極に入る、費庈父之に勝つ。戎盟を請ふ。秋、唐に盟ふ、復た戎の好を修むるなり。九月、紀の裂繻來りて女を逆ふ、卿君の為に逆ふるなり。冬、紀の子帛・莒子密に盟ふ、魯の故なり。鄭人衛を伐つ、公孫滑の亂を討つなり。

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