韓非子 / 初見秦第一
且臣聞之曰、「戰戰栗栗、日慎一日。苟慎其道、天下可有。」
新字:且臣聞之曰、「戦戦栗栗、日慎一日。苟慎其道、天下可有。」
書き下し
且つ臣之を聞く、曰く、「戰戰栗栗として、日に一日を慎め。苟も其の道を慎まば、天下有つ可し。」
現代語訳
さらに臣はこう聞いております。「(何事も)恐れ慎む気持ちで、日一日と(気を引き締めて)慎重に行え。もし本当にそのやり方を慎重に貫くならば、天下を手に入れることもできるだろう」と。
解説
「恐れ慎む気持ちを持ち、日々を慎重に過ごせ。もし本当にそのやり方を貫くならば、天下さえも手にすることができる」という教えです。物事がうまくいっている時ほど、人は気を緩めがちですが、それこそが落とし穴です。商売が軌道に乗った途端に気が大きくなって無理な広げ方をしたり、家庭でも「うちは大丈夫」と油断した途端に思わぬすれ違いが生まれたりするものです。人をまとめる立場にある人は、うまくいっている時こそ「戦戦栗栗」、つまり薄氷を踏むような慎み深さを持ち続けるべきだと韓非は説きます。日々の小さな判断を丁寧に積み重ねる謙虚さこそが、長い目で見た本当の成功を支える土台になるのです。
この章句が説くこと
謙虚さ慎重さリスク管理慢心持続的成長コンプライアンス
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