五行大義 / 第二十三論諸人・第一論人配五行
額爲衡山。頭爲恒山。鼻爲嵩高山。眉爲岱山。權爲崑崙山。二儀象天地。三亭法三才。四瀆主四時。五官應五行。六府從六律。七門配七星。八節取八風。九候比九州。十指應十日。十二德象十二月。二十八節應二十八宿。家語云。人生三月微昫。然後目能見。八月生齒。然後能食。朞而臏。然後能行。三年顖合。然後能言。陰窮反陽。故陰以陽變。陽窮反陰。故陽以陰化。是以男子八月生齒。八歲而齔。十六精通。然後能化。女子七月生齒。七歲而齔。十四而化。禮。男子二十而冠。有成人父之端。女子十五而笄。而許嫁。有成人母之道。此皆從天地五行之大數也。文子曰。昔者中黃子云。天有五行。地有五嶽。聲有五音。物有五味。色有五章。人有五位。故天地之閒。二十有五人。上五有神人。真人。道人。至人。聖人。次五有德人。賢人。善人。中人。辨人。中五有仁人。禮人。信人。義人。智人。次五有仕人。庶人。農人。商人。工人。下五有衆人。小人。駑人。愚人。完人。上五之與下五。猶人之與牛馬也。
新字:額為衡山。頭為恒山。鼻為嵩高山。眉為岱山。権為崑崙山。二儀象天地。三亭法三才。四瀆主四時。五官応五行。六府従六律。七門配七星。八節取八風。九候比九州。十指応十日。十二徳象十二月。二十八節応二十八宿。家語云。人生三月微昫。然後目能見。八月生歯。然後能食。朞而臏。然後能行。三年顖合。然後能言。陰窮反陽。故陰以陽変。陽窮反陰。故陽以陰化。是以男子八月生歯。八歳而齔。十六精通。然後能化。女子七月生歯。七歳而齔。十四而化。礼。男子二十而冠。有成人父之端。女子十五而笄。而許嫁。有成人母之道。此皆従天地五行之大数也。文子曰。昔者中黄子云。天有五行。地有五嶽。声有五音。物有五味。色有五章。人有五位。故天地之閒。二十有五人。上五有神人。真人。道人。至人。聖人。次五有徳人。賢人。善人。中人。弁人。中五有仁人。礼人。信人。義人。智人。次五有仕人。庶人。農人。商人。工人。下五有衆人。小人。駑人。愚人。完人。上五之与下五。猶人之与牛馬也。
書き下し
額を衡山と為し、頭を恒山と為し、鼻を嵩高山と為し、眉を岱山(たいざん)と為し、権(けん)を崑崙山と為す。二儀は天地に象り、三亭は三才に法り、四瀆(しとく)は四時を主り、五官は五行に応じ、六府は六律に従い、七門は七星に配し、八節は八風に取り、九候は九州に比し、十指は十日に応じ、十二徳は十二月に象り、二十八節は二十八宿に応ず、と。『家語』に云う、人生まれて三月にして微昫(びく)す、然る後に目能く見る。八月にして歯を生ず、然る後に能く食う。朞(き)にして臏(ひん)す、然る後に能く行く。三年にして顖(しん)合う、然る後に能く言う。陰窮まれば陽に反る、故に陰は陽を以て変ず。陽窮まれば陰に反る、故に陽は陰を以て化す。是を以て男子は八月にして歯を生じ、八歳にして齔(しん)し、十六にして精通じ、然る後に能く化す。女子は七月にして歯を生じ、七歳にして齔し、十四にして化す、と。『礼』に、男子は二十にして冠し、成人の父たるの端有り。女子は十五にして笄(けい)して嫁ぐを許し、成人の母たるの道有り、と。此れ皆天地五行の大数に従うなり。『文子』に曰く、昔者(むかし)中黄子云う、天に五行有り、地に五岳有り、声に五音有り、物に五味有り、色に五章有り、人に五位有り。故に天地の間、二十有五人あり。上五に神人・真人・道人・至人・聖人有り。次五に徳人・賢人・善人・中人・辨人有り。中五に仁人・礼人・信人・義人・智人有り。次五に仕人・庶人・農人・商人・工人有り。下五に衆人・小人・駑人(どじん)・愚人・完人有り。上五の下五に与(お)けるは、猶お人の牛馬に与けるがごとし、と。
現代語訳
額は衡山、頭は恒山、鼻は嵩山、眉は泰山(岱山)、頬骨は崑崙山である。二儀(両目など対をなすもの)は天地にかたどり、三亭(顔を上・中・下に三分した区画)は天・地・人の三才にのっとり、四瀆(耳・目・口・鼻を四つの大河に見立てたもの)は四季をつかさどり、五官は五行に応じ、六府は六律(六つの陽の音律)に従い、七門は北斗七星に配され、八節は八方の風に取り、九候は九州になぞらえ、十本の指は十干の十日に応じ、十二徳は十二か月にかたどり、二十八の節は二十八宿に応じる、と。『孔子家語』はこう言う。人は生まれて三か月で目がかすかに明るみ、そのあとで目が見えるようになる。八か月で歯が生え、そのあとで物が食べられるようになる。満一年で膝の骨がしっかりし、そのあとで歩けるようになる。三年で頭頂の泉門(ひよめき)が閉じ、そのあとで話せるようになる。陰が極まれば陽に返るので、陰は陽によって変わる。陽が極まれば陰に返るので、陽は陰によって化する。だから男子は八か月で歯が生え、八歳で乳歯が抜け替わり、十六歳で精が通じて、そのあとで子をなすことができる。女子は七か月で歯が生え、七歳で乳歯が抜け替わり、十四歳で子をなす力が備わる、と。『礼記』には、男子は二十歳で冠をつけ、一人前の父となる端緒がある。女子は十五歳で笄(こうがい)を挿して嫁ぐことを許され、一人前の母となる道がある、とある。これらはみな天地五行の大きな数に従っているのである。『文子』はこう言う。昔、中黄子が言った。天には五行があり、地には五岳があり、音には五音があり、物には五味があり、色には五色があり、人には五つの位がある。だから天地の間には二十五種の人がいる。上の五には神人・真人・道人・至人・聖人がいる。次の五には徳人・賢人・善人・中人・辨人がいる。中の五には仁人・礼人・信人・義人・智人がいる。その次の五には仕人・庶人・農人・商人・工人がいる。下の五には衆人・小人・駑人・愚人・完人(肉人。知恵を欠き身体だけがある人)がいる。上の五と下の五との隔たりは、人と牛馬との隔たりのようなものである、と。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
-
『後世への最大遺物』第二回・水の辺りに植えたる樹のようにこの心掛けをもってわれわれが毎年毎日進みましたならば、われわれの生涯は決して五十年や六十年の生涯にはあらずして、実に水の辺りに植えたる樹のようなもので、だんだんと芽を萌き、枝を生じてゆくものであると思います。けっして竹に木を接ぎ、木に竹を接ぐような、少しも成長しない価値のない生涯ではないと思います。こういう生涯を送らんことは実に私の最大希望でございまして、私の心を毎日慰め、かついろいろのことをなすに当って私を励ますことであります。それで私のなお一つの題の「真面目ならざる宗教家」というのは、時間がありませぬからここに述べませぬ。述べませぬけれども、しかしながら私の精神のあるところは、皆様に十分お話しいたしたと思います。
-
論語・子罕篇子曰く、苗にして秀でざる者有るかな。秀でて実らざる者有るかな。
-
論語・為政篇子曰く、吾十有五にして学に志し、三十にして立ち、四十にして惑わず、五十にして天命を知り、六十にして耳順(したが)い、七十にして心の欲する所に従いて矩(のり)を踰(こ)えず。
-
説苑・善說趙簡子成摶に問いて曰く、「吾聞く夫の羊殖なる者は賢大夫なりと、是の行い奚如。」對えて曰く、「臣摶知らざるなり。」簡子曰く、「吾之を聞くに子友として親しむと。子にして知らざるは何ぞや。」摶曰く、「其の人と爲りや數々變ず。其の十五なるや、廉にして以て其の過ちを匿さず。其の二十なるや、仁にして以て義を喜ぶ。其の三十なるや、晉の中軍尉と爲り、勇にして以て仁を喜ぶ。其の年五十なるや、邊城の將と爲り、遠き者復た親しむ。今臣見ざること五年なり。其の變ぜんことを恐る、是を以て敢えて知らざるなり。」簡子曰く、「果たして賢大夫なり、變ずる每に上を益す。」
-
老子・第50章生に出でて死に入る。生の徒は十に三有り、死の徒は十に三有り、人の生きて之を死地に動かすも亦た十に三有り。夫れ何の故ぞ。其の生を生とすることの厚きを以てなり。蓋し聞く、善く生を摂する者は、陸行して兕虎に遇わず、軍に入りて甲兵を被らず。兕は其の角を投ずる所無く、虎は其の爪を措く所無く、兵は其の刃を容るる所無し。夫れ何の故ぞ。其の死地無きを以てなり。
-
『驢鞍橋』卷上一日謂衆曰く、其方達此前に合せては、世間を分別する事如何程薄く成りたるや、誠に目出度善根を持ち来れり。乍去如何程使ひ得んや、心元なしと也。
人生の答えは、ぜんぶ古典に書いてあった。
古典の入門書『人生の教科書』(PDF)と、師導の全機能1か月がセットで700円。二十四の悩みに、論語・老子・孫子から徒然草・五輪書までが答えます。
本の中身を見る