五行大義 / 第二十論諸神
《遁甲經》云。天逢宜安邊保固。天內宜宗道結友。天衝宜出軍伏仇。天輔宜脩禮設教。天禽宜請福除惡。天心宜避病求藥。天柱宜匿屯守固。天任宜慶謁通財。天英宜遠行作樂。九神之名。上竝云天。下皆曰子者。此神屬於北斗。皆隸於天故也。子者。美稱。以此神尊美故也。孔子元辰云。北斗第一神。字希神子。第二神。字貞文子。第三神。字祿存子。第四神。字世惠子。第五神。字衛不鄰子。第六神。字微惠子。第七神。字大景子。此亦竝稱子也。
新字:《遁甲経》云。天逢宜安辺保固。天内宜宗道結友。天衝宜出軍伏仇。天輔宜脩礼設教。天禽宜請福除悪。天心宜避病求薬。天柱宜匿屯守固。天任宜慶謁通財。天英宜遠行作楽。九神之名。上並云天。下皆曰子者。此神属於北斗。皆隸於天故也。子者。美称。以此神尊美故也。孔子元辰云。北斗第一神。字希神子。第二神。字貞文子。第三神。字禄存子。第四神。字世恵子。第五神。字衛不鄰子。第六神。字微恵子。第七神。字大景子。此亦並称子也。
書き下し
遁甲経に云う、天逢は辺を安んじ固きを保つに宜し。天内は道を宗とし友を結ぶに宜し。天衝は軍を出し仇を伏するに宜し。天輔は礼を修め教えを設くるに宜し。天禽は福を請い悪を除くに宜し。天心は病を避け薬を求むるに宜し。天柱は屯(たむろ)を匿し固きを守るに宜し。天任は慶謁して財を通ずるに宜し。天英は遠行し楽を作すに宜し、と。九神の名、上に並びに天と云い、下に皆子と曰うは、此の神北斗に属し、皆天に隷するが故なり。子とは美称なり。此の神尊美なるを以ての故なり。孔子元辰に云う、北斗の第一神は、字は希神子。第二神は、字は貞文子。第三神は、字は禄存子。第四神は、字は世恵子。第五神は、字は衛不隣子。第六神は、字は微恵子。第七神は、字は大景子、と。此れも亦並びに子と称するなり。
現代語訳
『遁甲経』にいう。天逢の時は、辺境を安んじ守りを固めるのによい。天内の時は、道を尊び友と交わりを結ぶのによい。天衝の時は、軍を出し仇を屈服させるのによい。天輔の時は、礼を修め教えを設けるのによい。天禽の時は、福を願い悪を除くのによい。天心の時は、病を避け薬を求めるのによい。天柱の時は、兵をひそませて守りを固めるのによい。天任の時は、祝いや拝謁をして財を通わせるのによい。天英の時は、遠くへ出かけ楽を奏でるのによい、と。九神の名が、上にはみな天といい、下にはみな子というのは、この神々が北斗に属し、みな天に隷属しているからである。子とは美称であり、この神々が尊く美しいからである。『孔子元辰』にいう。北斗の第一の神は字を希神子、第二の神は字を貞文子、第三の神は字を禄存子、第四の神は字を世恵子、第五の神は字を衛不隣子、第六の神は字を微恵子、第七の神は字を大景子という、と。これもまたみな子と称しているのである。
解説
この章句が説くこと
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