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五行大義 / 第十四論雑配・第五論五常

傳述帝王之言。信誓之事。靡不存焉。可宗尚。故如土有信。以時生物。四時所宗。故以信配。經。卽常也。亦云由也。亦云法也。述經由事。故云由也。理可法則。故云法也。常爲訓典。故卽常也。然經體既爲常法。其當體各備五常。事有所專。但以一方爲主。未論文義。故不備說。五常之行。由經而明。故以配釋。

新字:伝述帝王之言。信誓之事。靡不存焉。可宗尚。故如土有信。以時生物。四時所宗。故以信配。経。即常也。亦云由也。亦云法也。述経由事。故云由也。理可法則。故云法也。常為訓典。故即常也。然経体既為常法。其当体各備五常。事有所専。但以一方為主。未論文義。故不備説。五常之行。由経而明。故以配釈。

書き下し

帝王の言、信誓の事を伝述し、存せざるは靡し。宗尚すべし。故に土の信有りて、時を以て物を生ずるが如し。四時の宗とする所なり、故に信を以て配す。経は即ち常なり。亦由と云い、亦法と云う。経を述べ事に由る、故に由と云うなり。理は法則とすべし、故に法と云うなり。常に訓典と為る、故に即ち常なり。然れども経の体は既に常法たり、その当体に各々五常を備う。事に専らにする所有れば、但だ一方を以て主と為す。未だ文義を論ぜず、故に備(つぶさ)には説かず。五常の行いは、経に由りて明らかなり、故に以て配釈す。

現代語訳

(『尚書』は)帝王の言葉と、誠を誓い合った事柄を伝え述べ、残していないものはない。尊び仰ぐべきものである。だからちょうど土に信があって、時に応じて物を生むようなものである。土は四季が宗とするところである。だから信をもって配するのである。経とはすなわち常(変わらぬもの)である。また由(よりどころ)ともいい、法(のり)ともいう。経を述べて事がそれによって行われるので、由というのである。その道理は手本とすべきものなので、法というのである。常に教えの規範となるので、すなわち常なのである。しかしながら、経の本体はもとより変わらぬ規範であって、どの経もそれ自体に五常をすべて備えている。ただ、事柄によって専らとするところがあるので、ここではそのうちの一つの面だけを主として配したのである。まだ本文の意味まで論じているわけではないので、詳しくは説かない。五常の行いは経によって明らかになるので、こうして配して解き明かしたのである。

解説

「論五常」の節の結びである。『尚書』を中央の信に配する理由として、帝王の言葉や盟約を伝える書であり、四季の中心として物を生む土のように、あらゆる経書の宗とされることを挙げる。続いて「経」という字の意味を、常(変わらないもの)・由(よりどころ)・法(手本)の三つで説明する。経の字はもともと織物の縦糸を指し、そこから変わらぬ筋道を意味するようになった。最後に蕭吉は、どの経書もそれ自体に五常をすべて備えており、ここで一つの常に配したのは、その書がとくに力を入れている面を取り出したにすぎないと断っている。この但し書きは、五行による分類が物事の全体を決めつけるものではなく、見通しをよくするための整理であることを自覚していることを示していて、大事である。分類は便利な道具だが、分けたものがそれだけの存在ではないことを忘れないという姿勢は、人を型にはめて見がちな今の私たちにも必要である。

この章句が説くこと

五行大義五常五経尚書分類

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