墨子 / 非攻下
今還夫好攻伐之君,乂飾其説以非子墨子曰:以攻伐之為不義,非利物與?昔者禹征有苗,湯伐桀,武王伐紂,此皆立為聖王,是何故也?子墨子曰:子未察吾言之類,未明其故者也。彼非所謂攻,謂誅也。
新字:今還夫好攻伐之君,乂飾其説以非子墨子曰:以攻伐之為不義,非利物与?昔者禹征有苗,湯伐桀,武王伐紂,此皆立為聖王,是何故也?子墨子曰:子未察吾言之類,未明其故者也。彼非所謂攻,謂誅也。
書き下し
今、還た夫の攻伐を好むの君、乂た其の説を飾りて以て子墨子を非として曰く、攻伐を以て不義と為すは、利物に非ざるか。昔者、禹は有苗を征し、湯は桀を伐ち、武王は紂を伐つ。此れ皆な立ちて聖王と為る。是れ何の故ぞや、と。子墨子曰く、子は未だ吾が言の類を察せず、未だ其の故に明らかならざる者なり。彼は謂う所の攻に非ず、誅と謂うなり。
現代語訳
さて、攻め伐つことを好む君主は、また自説を飾って墨子を非難してこう言う。「攻め伐つことを不義とするのは、事実に反するのではないか。むかし禹は有苗を征し、湯は桀を伐ち、武王は紂を伐った。彼らはみな聖王として立った。これはなぜなのか」。墨子が言った。あなたは私の言葉の分類をまだ見きわめておらず、その理由をまだ理解していない。あれはいわゆる「攻」ではない、「誅」というものである。
解説
非攻への最も強い反論——聖王も戦争をしたではないか——への回答です。墨子は事実を否定せず、分類を変えます。「彼非所謂攻、謂誅也」。攻は自分の利のために罪の無い国を襲うこと、誅は天の罰を代行して罪ある者を討つこと。同じ武力行使を、動機と対象で二つの名に分けます。「未察吾言之類」——言葉の分類を見ていない、という指摘も、議論の作法として鋭いものです。
この章句が説くこと
分類攻と誅動機定義反論
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