言志四録 / 言志耋録 第三百二十九条 孝敬に出づる養生
養生一念。出於孝敬。固爲事天之道。常人養生。或是自私。宜知所擇耳。
新字:養生一念。出於孝敬。固為事天之道。常人養生。或是自私。宜知所択耳。
書き下し
養生の一念、孝敬に出づるは、固より天に事ふるの道と為す。常人の養生は、或は是れ自私なり。宜しく択ぶ所を知るべきのみ。
現代語訳
養生しようという思いが孝と敬の心から出ているなら、それはもとより天に仕える道である。普通の人の養生は、ともすれば自分のための私心である。どちらを選ぶべきかをわきまえるべきである。
解説
養生の一念が孝と敬から出るならば天に仕える道であり、常人の養生はしばしば自私にすぎないという一条です。一一五七条の公私の別、一一六四条の「吾が軀は即ち親なり」を重ねて述べたもので、一斎がこの主題を何度も書き留めていることから、晩年の彼にとって切実な問いだったことがうかがえます。長く生きようとすることが、そのまま利己になるのか、それとも受けた命を大切にする務めになるのか。違いは行為ではなく、心の向かう先にあります。自分の健康や能力を磨くことを、自分のためだけでなく何かに仕えることとして位置づけられるか、考えさせる条です。
この章句が説くこと
養生孝敬事天公私
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