言志四録 / 言志耋録 第二百九十一条 視聴言動に度有り
視聽言動。各有其度。過度則致病。養生亦不外於吾道。
新字:視聴言動。各有其度。過度則致病。養生亦不外於吾道。
書き下し
視聴言動、各ゝ其の度有り。度を過ぐれば、則ち病を致す。養生も亦吾が道に外ならず。
現代語訳
見ること、聞くこと、話すこと、動くことには、それぞれ適度というものがある。度を過ごせば病を招く。養生もまた、我々儒者の道の外にあるものではない。
解説
見る・聞く・言う・動く、そのそれぞれに「度」、ほどよい節度があり、度を過ごせば病を招く、と一斎は言います。「視聴言動」は論語で顔淵に克己復礼の中身を問われた孔子が、礼にかなわぬことは視るな、聴くな、言うな、動くなと答えた四つです。一斎はこれを礼の問題としてだけでなく、身体の養生にも通じるものとして読み替え、養生もまた儒者の道の外にはないと結論します。前条までに見た「敬」を養生の訣とする考えと同じ流れにある一条です。画面を見続ける目、休まず話し続ける口、動きすぎる体。働く人の不調の多くは、何かの「度」を越したところから来ているのかもしれません。
この章句が説くこと
度視聴言動養生節度克己
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