言志四録 / 言志耋録 第二百八十四条 自ら本分を知る
人皆忘往年之既去。而圖次年之未來。舍前日之已過。而慮後日之將至。是以百事苟且。終日齷齪。以至老死。可嘆也。故人宜回顧少壯時有困苦。有艱難。以知今之爲安逸。是之謂自知本分。
新字:人皆忘往年之既去。而図次年之未来。舎前日之已過。而慮後日之将至。是以百事苟且。終日齷齪。以至老死。可嘆也。故人宜回顧少壮時有困苦。有艱難。以知今之為安逸。是之謂自知本分。
書き下し
人皆往年の既に去るを忘れて、次年の未だ来らざるを図り、前日の已に過ぎたるを舎てて、後日の将に至らんとするを慮る。是を以て百事苟且にして、終日齷齪とし、以て老死に至る。嘆ず可きなり。故に人は宜しく少壮の時に困苦有り、艱難有りしを回顧して、以て今の安逸たるを知るべし。是れを之れ自ら本分を知ると謂ふ。
現代語訳
人はみな、過ぎ去った年のことを忘れて、まだ来ない翌年のことをあれこれ計画し、すでに過ぎた日々を顧みずに、これからやって来る日のことを心配する。そのため万事がその場しのぎとなり、一日中こせこせとして、そのまま老いて死に至る。嘆かわしいことである。だから人は、若く盛んな時に苦しみや困難があったことを振り返って、今が安らかで楽であることを知るべきである。これを、自分の本分を知るという。
解説
人は過ぎた年を忘れて来年の計画ばかり立て、過ぎた日を顧みずに先のことばかり案じる。そのため何事も場当たりになり、こせこせと日を送り、老いて死ぬ。一斎はそれを嘆きます。そこで勧めるのが、若い頃の苦労や困難を振り返り、今の安らかさを知ること。それが「自ら本分を知る」ことだと言います。先を見ることを否定しているのではなく、来し方を忘れた先読みが、足元の今を見失わせることへの戒めでしょう。八十を過ぎた一斎の実感がこもっています。目標や計画に追われ続けるとき、ここまでの道のりを振り返ることで、今の自分の立ち位置と、ありがたさとが見えてくるのかもしれません。
この章句が説くこと
本分回顧足るを知る苟且老い
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