言志四録 / 言志耋録 第二百七十四条 臥治を以て旨と為す
爲郡官者。視百姓如兒孫。視父老如兄弟。視鰥寡。如家人。視傍隣郡縣。如族屬婚友。己則以勤儉率之。而以臥治爲旨。可也。
新字:為郡官者。視百姓如児孫。視父老如兄弟。視鰥寡。如家人。視傍隣郡県。如族属婚友。己則以勤倹率之。而以臥治為旨。可也。
書き下し
郡官たる者は、百姓を視ること児孫の如く、父老を視ること兄弟の如く、鰥寡を視ること家人の如く、傍隣の郡県を視ること族属婚友の如くし、己は則ち勤倹を以て之を率ゐて、臥治を以て旨と為して可なり。
現代語訳
郡の役人たる者は、民百姓を子や孫のように見、村の長老たちを兄弟のように見、妻や夫を失った寄る辺ない人々を家族のように見、近隣の郡県を親族や姻戚・友人のように見て、自分は勤勉と倹約によって人々を率い、寝ていても治まるような統治を目指せばよい。
解説
前条に続き、地方官の心得を説く一条です。民を子や孫のように、長老を兄弟のように、身寄りのない人を家族のように、隣の郡県を親戚や友のように見る。人との距離を家族の比喩で示しながら、自らは勤勉と倹約で範を示せと言います。そして目指すのは「臥治」。漢の汲黯が病床に臥したまま淮陽郡を治めたという故事に由来し、長が細かく口を出さなくても治まる状態を指します。日頃の姿勢で信頼を築き、仕組みと人に任せておけば、上が動き回らずとも回る。組織の長がいなくても現場が回ることを、失敗ではなく目標と見る見方は、リーダーの仕事を考え直す手がかりになるかもしれません。
この章句が説くこと
臥治勤倹率先垂範地方統治仁政
関連する章句
-
十七条憲法 第八条群卿百寮(ぐんけいひゃくりょう)、早(つと)に朝(まい)りて晏(おそ)く退(しりぞ)け。公事(くじ)盬(しお)きこと靡(な)く、終日(ひねもす)にも尽(つ)くし難(がた)し。是(ここ)を以(もっ)て遅(おそ)く朝(まい)れば急(きゅう)に逮(およ)ばず、早く退(しりぞ)けば必(かなら)ずその功(こう)を尽(つ)くさず。
-
孟子・盡心章句下孟子曰く、「身、道を行わざれば、妻子にも行われず。人を使うに道を以 てせざれば、妻子にも行わるること能わず。」
-
論語・衛霊公篇子曰わく、身をもって厚くし、人を責むること薄ければ、すなわち怨み遠し。
-
論語・里仁篇子曰く、「我未だ仁を好む者と、不仁を悪む者とを見ざるなり。仁を好む者は、以て之に尚(くわ)うる無し。不仁を悪む者は、其れ仁を為すや、不仁者をして其の身に加えしめず。能く一日其の力を仁に用うること有らんか。我未だ力足らざる者を見ざるなり。蓋し之有らん、我未だ之を見ざるなり。」
-
史記 孫子呉起列伝起の将為るや、士卒の最下の者と衣食を同じくす。臥するに席を設けず、行くに騎乗せず、親ら贏糧を裹ひ、士卒と労苦を分かつ。卒に疽を病む者有り、起、為に之を吮ふ。卒の母、聞きて之に哭す。人曰く、「子は卒なり、而るに将軍自ら其の疽を吮ふ、何ぞ哭するを為す」と。母曰く、「然るに非ざるなり。往年、呉公、其の父を吮ひ、其の父、戦ひて踵を旋さず、遂に敵に死す。呉公今又其の子を吮ふ。妾、其の死所を知らず。是を以て之を哭す」と。
-
六韜・励軍武王 太公に問ひて曰く、「吾 三軍の衆をして、城を攻むれば先登を争ひ、野戦すれば先赴を争ひ、金の声を聞きて怒り、鼓の声を聞きて喜ばしめんと欲す。之を為すこと奈何」と。太公曰く、「将に三あり」と。武王曰く、「敢へて其の目を問はん」と。太公曰く、「将 冬に裘を服ず、夏に扇を操らず、雨に蓋を張らず、名づけて礼将と曰ふ。将 身づから礼を服せざれば、以て士卒の寒暑を知る無し。隘塞を出で、泥塗を犯すには、将 必ず先づ下りて歩む、名づけて力将と曰ふ。将 身づから力を服せざれば、以て士卒の労苦を知る無し。軍 皆な次を定めて、将 乃ち舎に就く。炊ぐ者 皆な熟して、将 乃ち食に就く。軍 火を挙げざれば、将も亦た挙げず、名づけて止欲将と曰ふ。将 身づから止欲を服せざれば、以て士卒の飢飽を知る無し。将 士卒と寒暑・労苦・飢飽を共にす、故に三軍の衆、鼓の声を聞けば則ち喜び、金の声を聞けば則ち怒る。高城深池、矢石 繁く下るも、士は先登を争ふ。白刃 始めて合ふも、士は先赴を争ふ。士は死を好みて傷つくを楽しむに非ざるなり。其の将の寒暑・飢飽を知ること審らかにして、労苦を見ること明らかなるが為なり」と。
人生の答えは、ぜんぶ古典に書いてあった。
古典の入門書『人生の教科書』(PDF)と、師導の全機能1か月がセットで700円。二十四の悩みに、論語・老子・孫子から徒然草・五輪書までが答えます。
本の中身を見る