言志四録 / 言志耋録 第二百七十三条 民の父母たるの職
凡爲郡官縣令者。父母民之職也。宜以憫恤爲先。以公平爲要。至於委曲詳細。則付之屬吏。可也。故又以精選屬吏爲先務。
新字:凡為郡官県令者。父母民之職也。宜以憫恤為先。以公平為要。至於委曲詳細。則付之属吏。可也。故又以精選属吏為先務。
書き下し
凡そ郡官県令たる者は、民に父母たるの職なり。宜しく憫恤を以て先と為し、公平を以て要と為すべし。委曲詳細に至りては、則ち之を属吏に付して可なり。故に又属吏を精選するを以て先務と為す。
現代語訳
およそ郡や県の地方官たる者は、民の父母となる職である。憐れみいたわることを第一とし、公平であることを要とすべきである。こまごまとした細部については、部下の役人に任せればよい。だからまた、部下の役人をよく選ぶことを急務とする。
解説
地方を治める役人は「民の父母」であり、まず民をあわれみいたわる心を先にし、公平を要とせよ、と一斎は説きます。「民の父母」は『大学』や『孟子』に見える為政者の理想像です。興味深いのは後半で、細かな実務は属吏に任せればよく、だからこそ属吏を精選することが最優先の務めだと言います。長が何もかも自分で抱え込めば、心を配るべき大局がおろそかになります。自分が担うべきは姿勢と原則であり、細部は信頼できる部下に委ねる。そのために人選に力を注ぐ。マネジャーの役割を、自分で手を動かすことよりも、方針を示し適材を配することに見る考え方として読むこともできるでしょう。
この章句が説くこと
民の父母憫恤公平権限委譲人選
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