言志四録 / 言志耋録 第二百五十八条 守りて通じ通じて守る
凡爲宰臣者。徒拘泥成法。而不知變通。則無宰臣之用。時有古今。事有輕重。其要在於有所守而能通。有所通而能守。是之爲得。
新字:凡為宰臣者。徒拘泥成法。而不知変通。則無宰臣之用。時有古今。事有軽重。其要在於有所守而能通。有所通而能守。是之為得。
書き下し
凡そ宰臣たる者、徒らに成法に拘泥して、変通を知らざれば、則ち宰臣の用無し。時に古今有り、事に軽重有り。其の要は、守る所有りて能く通じ、通ずる所有りて能く守るに在り。是を之れ得たりと為す。
現代語訳
およそ宰相・重臣たる者が、いたずらに既定の法に縛られて、状況に応じて変える融通を知らなければ、重臣としての働きはない。時には昔と今の違いがあり、事には軽い重いの違いがある。その要点は、守るべきものを持ちながらよく融通をきかせ、融通をきかせながらもよく守るべきものを守ることにある。これができてはじめて、その職を得たと言える。
解説
政治の中枢にある重臣は、先例や定法に縛られて変通を知らなければ役に立たないと一斎は言います。しかし変えればよいというのでもありません。「守る所有りて能く通じ、通ずる所有りて能く守る」——原則を持ったうえで柔軟に動き、柔軟に動きながら原則を手放さない、その両立こそが肝心だというのです。易の「窮すれば変じ、変ずれば通ず」を踏まえつつ、変通が節操のない迎合に堕することへの警戒も込められています。昌平坂学問所の儒官として幕政を間近に見た一斎ならではの実感でしょう。ルールと例外判断のあいだで揺れる管理職にとって、何を守り何を変えるのかを切り分けて考える手がかりになる一条です。
この章句が説くこと
変通成法原則宰臣時勢
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