言志四録 / 言志耋録 第二百四十二条 白賁と噬嗑
白賁。是禮文之極處。噬嗑。是刑政之要處。從政者。宜翫其辭。以得其旨。可也。
新字:白賁。是礼文之極処。噬嗑。是刑政之要処。従政者。宜翫其辞。以得其旨。可也。
書き下し
白賁は、是れ礼文の極処なり。噬嗑は、是れ刑政の要処なり。政に従ふ者は、宜しく其の辞を翫びて、以て其の旨を得て、可なり。
現代語訳
賁の卦の「白く飾る(白賁)」は、礼の文飾の究極のところである。噬嗑の卦は、刑罰と政治の要となるところである。政治に携わる者は、その卦の言葉をよく味わって、その趣旨をつかむのがよい。
解説
易の二つの卦を、礼と刑の要として挙げた一条です。賁は飾ることを意味する卦で、その最後の爻辞に「白く賁る、咎无し」とあります。飾りの行き着く先は、飾らない白さに帰るということで、一斎はこれを礼文の極みとします。噬嗑は口の中の障害物を噛み砕いて合わせる卦で、罪を裁き刑を用いることを表します。礼で人を導き、刑で害を除くという政治の両面を、隣り合う二つの卦に見ているわけです。一斎は政に従う者に、その言葉をじっくり味わえと勧めます。組織運営で言えば、制度や儀礼を飾り立てるより質素に本質を示すこと、そして問題には毅然と対処することの両方を考えさせる一条です。
この章句が説くこと
易礼刑政質素為政
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