言志四録 / 言志耋録 第二百三十七条 力は後足に在るべし
騎戰時。揮槍運刀。宜力在後足。槍欲突。刀欲擊。而力在前足。則必致顚墜。可警。先輩相傳如是。
新字:騎戦時。揮槍運刀。宜力在後足。槍欲突。刀欲撃。而力在前足。則必致顛墜。可警。先輩相伝如是。
書き下し
騎戦の時、槍を揮ひ刀を運らすには、宜しく力後足に在るべし。槍突かんと欲し、刀撃たんと欲して、力前足に在れば、則ち必ず顛墜を致す。警むべし。先輩相伝ふること是の如し。
現代語訳
騎馬戦のとき、槍を振るい刀を操るには、力を後ろの足に置くべきである。槍で突こう、刀で撃とうとして力が前の足にかかると、必ず転げ落ちることになる。用心すべきである。先輩たちはこのように言い伝えている。
解説
馬上で槍や刀を使うときの体の使い方を記した、具体的な一条です。突こう、斬ろうと気がはやると、重心が前にかかり、馬上では体が支えを失って落ちてしまう。だから力は後ろの足に置けと、先人から伝えられてきたと一斎は記します。自分の工夫ではなく先輩の伝として書き留めているところに、実地の知恵を尊ぶ姿勢が見えます。攻めようとする気持ちが強いときほど、重心を後ろに残すという教えは、武術に限らず通じるものがあります。成果を急いで前のめりになると足元をすくわれる。攻めの局面でこそ、自分の足場がどこにあるかを確かめているかを考えさせます。
この章句が説くこと
武芸重心慎重伝承平常心
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