言志四録 / 言志耋録 第二百三十六条 騎戦は馬足の蹂躙
騎戰。耑在馬足蹂躙。故宜連數十騎。縱橫馳突。則唯其時之宜耳。
新字:騎戦。耑在馬足蹂躙。故宜連数十騎。縦横馳突。則唯其時之宜耳。
書き下し
騎戦は、耑ら馬足の蹂躙に在り。故に宜しく数十騎を連ねて、縦横に馳突すべし。則ち唯だ其の時の宜しきのみ。
現代語訳
騎馬戦の要は、もっぱら馬の足で敵を踏みにじることにある。だから数十騎を連ねて、縦横に駆け回り突撃するのがよい。あとはただ、その時機の見極めにかかっているだけである。
解説
前条を受けて、騎馬戦の要点を述べた一条です。騎馬の強みは、馬上で武器を振るうことより、馬の脚で敵を踏みにじる突進力にある。だから一騎ずつばらばらに戦うのではなく、数十騎をまとめて縦横に駆け抜けるのがよい、と一斎は言います。そのうえで、いつそれを用いるかは時の宜しさ次第だと結んでいます。道具の本当の強みがどこにあるかを見極め、それを最も生かせる形で集中して使い、あとは時機を選ぶ、という三段の考え方です。儒者の一斎が兵法の具体に踏み込んでいるのは、次々条で文武は二つではないと説くことにもつながります。自分たちの強みを分散させずに使えているかを考える手がかりになります。
この章句が説くこと
兵法集中時機強み武芸
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