言志四録 / 言志耋録 第二百三十三条 天は測るべからず
天不可測。而或可測。人可測。而或不可測。
書き下し
天は測るべからず、而も或いは測るべし。人は測るべし、而も或いは測るべからず。
現代語訳
天は測り知ることができないが、時には測り知ることができる。人は測り知ることができるが、時には測り知ることができない。
解説
天と人の測り難さを、対句で言い切った短い一条です。天の働きは本来人知の及ばないものですが、四季の巡りや日月の運行のように、道理によって見通せる面もある。反対に人は、性格や利害を知れば行動をある程度予測できるものの、ときに誰も思いもしない振る舞いをする。前条で邵雍が数で天を割り付けようとしたことを批判した一斎は、ここで天も人も一方的に決めつけることを戒めています。わかると思えば外れ、わからないと思えば見えてくる、という謙虚な構えです。人事や市場の見通しを立てるとき、予測できることとできないことを分けて考えているかを振り返る材料になります。
この章句が説くこと
天人を見る目予測謙虚不確実性
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『呻吟語』内篇・問學・希天・達天・合天・為天希天の學有り、達天の學有り、合天の學有り、為天の學有り。
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