弁名 / 道
又有曰天之道曰地之道者。蓋日月星辰繫矣。風雷雲雨行焉。寒暑晝夜往來不已。深玄也不可測。杳冥也不可度。萬物資始。吉凶禍福有不知其然而然者。靜而觀之。亦似有其所由焉者。故謂之天道。載華嶽而不重。振河海而不洩。旁礴不可窮。深厚不可盡。萬物資生。不爲乏焉。死皆歸藏。不爲增焉。親而可知。而有不可知焉者。徐而察之。亦似有其所由焉者。故謂之地道。皆因有聖人之道。借以言之耳。
新字:又有曰天之道曰地之道者。蓋日月星辰繋矣。風雷雲雨行焉。寒暑昼夜往来不已。深玄也不可測。杳冥也不可度。万物資始。吉凶禍福有不知其然而然者。静而観之。亦似有其所由焉者。故謂之天道。載華嶽而不重。振河海而不洩。旁礴不可窮。深厚不可尽。万物資生。不為乏焉。死皆帰蔵。不為增焉。親而可知。而有不可知焉者。徐而察之。亦似有其所由焉者。故謂之地道。皆因有聖人之道。借以言之耳。
書き下し
又た天の道と曰ひ地の道と曰ふ者有り。蓋し日月星辰繋り、風雷雲雨行はる。寒暑昼夜往来して已まず。深玄にして測るべからず、杳冥にして度るべからず。万物資りて始まり、吉凶禍福其の然るを知らずして然る者有り。静かにして之を観れば、亦た其の由る所有る者に似たり。故に之を天道と謂ふ。華嶽を載せて重しとせず、河海を振めて洩らさず。旁礴として窮むべからず、深厚にして尽くすべからず。万物資りて生じ、為に乏しからず。死すれば皆帰蔵して、為に増さず。親しくして知るべくして、知るべからざる者有り。徐ろに之を察すれば、亦た其の由る所有る者に似たり。故に之を地道と謂ふ。皆聖人の道有るに因りて、借りて以て之を言ふのみ。
現代語訳
また「天の道」「地の道」という言い方がある。日・月・星辰がかかり、風・雷・雲・雨がめぐる。寒暑や昼夜は往来してやまない。奥深くて測れず、はるかで計れない。万物はそれによって始まり、吉凶禍福は、なぜそうなるのかわからないままにそうなる。静かに観察すると、何か拠って進む筋道があるように見える。だから天道という。地は華山を載せても重いとせず、黄河や海を収めても漏らさない。広大で窮めつくせず、深く厚くて尽くしきれない。万物はそれによって生まれても乏しくならず、死ねばみな帰って納まっても増えはしない。身近で知ることができそうでいて、知ることのできないところがある。ゆっくり観察すると、やはり拠って進む筋道があるように見える。だから地道という。いずれも聖人の道があるから、その言葉を借りて言っただけである。
解説
この章句が説くこと
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『慎思録』巻之四天は地を統ぶ。地の内外も亦た是れ天気の貫通流行する所なり。故に偏へに天を言へば、則ち地其の中に在り。天地の道を謂ひて、之を天道に統ぶ。之を称して天道と為すは、猶ほ聖人の道、君子の道と言ふがごとし。其の在る所を以て之に名づくるのみ。其の実は天も亦た道中の一物のみ。道は天に在りて主宰と為る。故に曰く、天は即ち理なり、と。天地生じて、而る後に道天地に在り。故に天地は道の形体なり。陰陽は道の動静なり。道は形体に非ざれば、則ち寓する所無し。動静に非ざれば、則ち変化を致し、四時を行ひ、万物を生ずること能はず。陰陽の変化を致して、四時行はれ百物生ずる所以の者は、道を以て之が主と為すなり。故に道の外に陰陽有るに非ざるなり。
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『弁名』天命帝鬼神天は解を待たず。人の皆知る所なり。之を望めば蒼蒼然として、冥冥乎として得て測るべからず。日月星辰焉に繋り、風雨寒暑焉に行はる。万物の命を受くる所にして、百神の宗なる者なり。至尊にして比無く、能く踰えて之に上る者莫し。故に古より聖帝明王、皆天に法りて天下を治め、天道を奉じて以て其の政教を行ふ。是を以て聖人の道、六経の載する所、皆敬天に帰せざる者莫し。是れ聖門の第一義なり。学者先づ斯の義を識りて、而る後に聖人の道得て言ふべきのみ。
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