言志四録 / 言志耋録 第二百三十一条 其の人は幸不幸無し
古之賢者。不得志於當時。著書自樂。且遺之於後。於一世則爲不幸。而其人則無幸不幸。古今此類不少。
新字:古之賢者。不得志於当時。著書自楽。且遺之於後。於一世則為不幸。而其人則無幸不幸。古今此類不少。
書き下し
古の賢者、志を当時に得ず、書を著して自ら楽しみ、且つ之を後に遺す。一世に於ては則ち不幸と為すも、而も其の人は則ち幸不幸無し。古今此の類少なからず。
現代語訳
昔の賢者で、その時代に志を遂げられず、書物を著して自ら楽しみ、しかもそれを後世に遺した人がいる。その時代にとっては不幸なことであるが、その人自身にとっては幸も不幸もない。古今を通じてこうした例は少なくない。
解説
世に用いられなかった賢者の著述について、その幸不幸を論じた一条です。志を当時に得られず、書物を著して自ら楽しみ、後世に遺した賢者は少なくない。孔子や孟子も、生前に政治の場で志を遂げたとは言えません。一斎は、それは彼らを用いなかった時代にとっての不幸であって、本人には幸も不幸もないと言い切ります。自らの道を楽しみ、それを書き残した者は、評価されるかどうかに左右されないからです。著述をめぐる前の二条に続く一条で、書くことの意味をさらに内側から捉えています。評価されない時期に、自分の仕事をどう支えるかを考える手がかりになります。
この章句が説くこと
著述不遇自楽幸不幸評価
関連する章句
-
説苑・善說齊景公子貢に謂いて曰く、「子誰をか師とする。」曰く、「臣仲尼を師とす。」公曰く、「仲尼賢なるか。」對えて曰く、「賢なり。」公曰く、「其の賢たること何如。」對えて曰く、「知らざるなり。」公曰く、「子其の賢を知りて其の奚若たるを知らざるは、可ならんか。」對えて曰く、「今天高しと謂うに、少長愚智と無く皆高きを知る。高きこと幾何ぞや。皆知らずと曰う。是を以て仲尼の賢を知りて其の奚若たるを知らざるなり。」
-
論語・子張篇子游曰く、吾が友張や、能くし難きことを為すなり。然れども未だ仁ならず。
-
論語・憲問篇子曰く、『驥は其の力を称せず、その徳を称すなり。』
-
史記 管晏列伝鮑叔既に管仲を進め、身を以て之に下る。子孫世々斉に禄せられ、封邑を有つこと十余世、常に名大夫為り。天下、管仲の賢を多とせずして、鮑叔の能く人を知るを多とす。
-
論語・憲問篇子曰く、人の己を知らざるを患えず、其の能わざるを患う。
-
論語・子張篇陳子禽、子貢に謂いて曰く、「子は恭を為すなり。仲尼豈に子より賢らんや。」子貢曰く、「君子は一言以て知と為し、一言以て不知と為す。言は慎まざる可からざるなり。夫子の及ぶ可からざるや、猶お天の階して升る可からざるがごときなり。夫子の邦家を得たらば、所謂『之を立つれば斯に立ち、之を道けば斯に行き、之を綏んずれば斯に来たり、之を動かせば斯に和す。其の生くるや栄え、其の死するや哀しむ』。之を如何ぞ其れ及ぶ可けんや。」
人生の答えは、ぜんぶ古典に書いてあった。
古典の入門書『人生の教科書』(PDF)と、師導の全機能1か月がセットで700円。二十四の悩みに、論語・老子・孫子から徒然草・五輪書までが答えます。
本の中身を見る