言志四録 / 言志耋録 第二百二十七条 百工に愧ぢざらんや
百工各著工夫。以成其事。故其所爲。往往有超越前人者。獨我儒則今人多不及古人。抑何邪。葢以徒泥舊式。不能自得耳。能不愧於百工乎。
新字:百工各著工夫。以成其事。故其所為。往往有超越前人者。独我儒則今人多不及古人。抑何邪。葢以徒泥旧式。不能自得耳。能不愧於百工乎。
書き下し
百工は各工夫を著して、以て其の事を成す。故に其の為す所、往往にして前人に超越する者有り。独り我が儒は則ち今人多く古人に及ばず。抑も何ぞや。蓋し徒らに旧式に泥みて、自得すること能はざるを以てのみ。能く百工に愧ぢざらんや。
現代語訳
職人たちはそれぞれ工夫を凝らして仕事を成し遂げる。だからその仕事には、しばしば先人を超えるものがある。ところが我々儒者だけは、今の人の多くが昔の人に及ばない。いったいなぜか。思うに、ただ古い型にこだわって、自ら体得することができないからである。職人たちに対して恥ずかしくないだろうか。
解説
職人と儒者を比べて、儒者の停滞を恥じた一条です。職人は各自が工夫を重ねるので、先人を超える仕事がしばしば生まれる。ところが儒者は今の人が昔の人に及ばない。その原因を一斎は、古い形式にとらわれて自分で体得しようとしないからだと見ます。学問の世界にいる自分たちこそ、手を動かす人々から学ぶべきだという率直な自己批判です。前条で注釈より本文を重んじたのと同じく、ここでも鍵は「自得」にあります。型を受け継ぐことは出発点にすぎず、そこから自分で工夫しなければ先人を超えることはできません。前例踏襲に陥っていないか、現場の工夫に学べているかを考えるきっかけになります。
この章句が説くこと
工夫自得前例踏襲学問職人
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