言志四録 / 言志耋録 第二百二十二条 文章は他に求めず
文章不必他求。反復經書。得其語意。則文章之熟。亦在其中。
新字:文章不必他求。反復経書。得其語意。則文章之熟。亦在其中。
書き下し
文章は必ずしも他に求めず。経書を反復して、其の語意を得れば、則ち文章の熟するも、亦其の中に在り。
現代語訳
文章の力は、必ずしもほかに求める必要はない。経書を繰り返し読んで、その言葉の意味をつかめば、文章が熟達することも、おのずとその中に含まれている。
解説
文章の上達法を問われて、経書の反復に尽きると答えたような一条です。当時の儒者には詩文の技巧を磨くことに熱心な人も多くいましたが、一斎は、修辞を別に学ばなくても、経書を繰り返し読んで言葉の意味を深く体得すれば、書く力はおのずとついてくると言います。一斎自身、漢文の名手として知られ、多くの碑文や序文を依頼された人です。その文章力の源を、技術ではなく中身の理解に置いている点が興味深いところです。意味をつかんだ言葉は自分の言葉になり、自分の言葉で書けば文章は熟する。報告書や提案書の書き方に悩むとき、表現を磨く前に中身を理解し切れているかを問う視点を与えてくれます。
この章句が説くこと
文章読書経書反復自得
関連する章句
-
言志四録・言志録 第二百三十五条 意味は我が心を以て透入す経書の文字は、文字を以て之を注明するは可なり。意味は則ち当に我が心を以て透入して之を得べし。畢竟文字を着くる能はず。
-
言志四録・言志耋録 第二百二十六条 先づ経に熟して後に註学生の経を治むるは、宜しく先づ経に熟して、而る後に諸を註に求むべし。今は皆註に熟して、経に熟せず。是を以て深意を得ず。関尹子曰く、「善く弓する者は、弓を師として、羿を師とせず。善く舟する者は、舟を師として、奡を師とせず」と。此の言然り。
-
言志四録・南洲手抄経を読むは、宜しく我れの心を以て経の心を読み、経の心を以て我の心を釈すべし。然らずして徒爾に訓詁を講明するのみならば、便ち是れ終身曾て読まざるなり。
-
言志四録・言志晩録 第五十一条 文は意を達し詩は志を言ふ文は能く意を達し、詩は能く志を言ふ。此くの如きのみ。綺語麗辞は、之を佞口に比す。吾が曹の屑しとせざる所なり。
-
言志四録・言志後録 第二百三十九条 書は妄りに読む可からず余弱冠の前後、鋭意読書し、目に千古を空しうせんと欲す。中年を過ぐるに及び、一旦悔悟し、痛く外馳を戒め、務めて内省に従ふ。然る後自ら稍得る所有りて、此の学に負かざるを覚ゆ。今は則ち老いたり。少壮に読む所の書、過半遺忘し、茫として夢中の事の如し。稍胸臆に留まるも、亦落落として片段を成さず。益々半生力を費して用無きを悔ゆ。今にして之を思へば、書は妄りに読む可からず。必ず択ぶ所有りて且つ熟して可なり。只終身受用するに足るを要するのみ。後生我が悔を踏むこと勿れ。
-
言志四録・言志耋録 第三条 経書を読むは我が心を読むなり経書を読むは、即ち我が心を読むなり。認めて外物と做すこと勿れ。我が心を読むは、即ち天を読むなり。認めて人心と做すこと勿れ。
人生の答えは、ぜんぶ古典に書いてあった。
古典の入門書『人生の教科書』(PDF)と、師導の全機能1か月がセットで700円。二十四の悩みに、論語・老子・孫子から徒然草・五輪書までが答えます。
本の中身を見る