言志四録 / 言志耋録 第二百二十一条 史学も通暁すべし
史學亦不可不通曉。經之於史。猶律有案斷。推而言之。記事皆可謂之史。易記天道。書記政事。詩記性情。禮記交際。春秋則不待言耳。
新字:史学亦不可不通暁。経之於史。猶律有案断。推而言之。記事皆可謂之史。易記天道。書記政事。詩記性情。礼記交際。春秋則不待言耳。
書き下し
史学も亦通暁せざるべからず。経の史に於けるは、猶ほ律に案断有るがごとし。推して之を言へば、事を記すは皆之を史と謂ふべし。易は天道を記し、書は政事を記し、詩は性情を記し、礼は交際を記す。春秋は則ち言ふを待たざるのみ。
現代語訳
歴史学にもまた通じていなければならない。経書と歴史との関係は、ちょうど法律とそれを適用した判例のようなものである。押し広げて言えば、事柄を記したものはすべて歴史と言ってよい。易は天の道を記し、書経は政治を記し、詩経は人の性情を記し、礼は交際を記している。春秋(が歴史であること)は言うまでもない。
解説
経書と歴史の関係を、法律と判例にたとえた一条です。経書は原理を示す法律にあたり、歴史はその原理が現実の事件にどう当てはめられたかを示す判例にあたる。原理だけ知っていても、具体の場面で判断を誤ることがあるので、史学にも通じておかねばならないというわけです。さらに一斎は、記録されたものはすべて史であり、易・書・詩・礼もそれぞれ天道・政事・性情・交際の記録だと広げます。前条の六経論と対になる議論で、後の「六経皆史」の考えにも通じます。理念や方針を学ぶだけでなく、過去の事例に当たってそれがどう働いたかを確かめているか、自分の学び方を振り返る手がかりになります。
この章句が説くこと
史学経書判断学問事例
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